「もし、君が僕と出会っていなかったら、どうなっていたかな」
ビリヤード仲間とのゲームで朝帰りした麻生くんに軽い食事を出して、皇くんと待ち合わせている依織くんを送り出し、会社へ向かう一哉くんの支度を整えた。
ネクタイを結んであげて、玄関で見送ってひとまず終了。
朝の慌ただしい時間が過ぎて、一息ついてからリビングに散らばった雑誌を拾い上げていたあたしの耳に、声が聞こえてきた。
びっくりして振り返ると、瀬伊くんがソファー越しにあたしの方をじっと見ている。
「瀬伊くん? 何か言った?」
「んー、ちょっとね。ねえ、僕と出会っていなかったら、君はどうしていたのかな」
近づいたあたしを見上げて、瀬伊くんが独り言のように呟く。
「あたしが、みんなと会ってなかったら? ……えーと、この家には来られなかったし。生活するにも困っていそうだなー」
初めて祥慶学園に来たときのことを思い出す。学園に入れず、警備のドーベルマンに追いかけられて逃げ回っていたときに、一哉くんに拾われた
んだっけ。
「ううん、そうじゃなくて。この家に住んでたのが、一哉と松川さんと羽倉だけだったら、どうなってたかなって」
「へ? 瀬伊くんがいなくて、一哉くん達三人だけだったらってこと?」
「そう。……何も変わらないかな。一哉がいれば、君は祥慶学園に入れたわけだし、その後も、そのまま上手くやっていけただろうし」
伏せた目に長いまつげが影を落とす。どうしたんだろう。瀬伊くんの様子、いつもと違う気がする。
なんて言おうかとあたしが言葉を探していると、瀬伊くんがにこっと笑った。
「なーんてね。冗談だよ」
ちょっと聞いてみたかっただけ。そう言った瀬伊くんの横顔はどこか寂しそうで、あたしは立ち上がった彼の腕を無意識につかんでいた。
「むぎ?」
不思議そうにあたしを見つめるきれいな顔。その目をしっかり見つめる。
「そうしたら、あたしはいなかったよ」
しっかりと、声に力を込める。
「瀬伊くんがいなかったら、今のあたしはいない」
「……そんなことはないよ」
瀬伊くんの瞳が揺らぐ。
「君は、強いから。一哉に助けてもらったら、お姉さんを捜すために、きっと今みたいにがんばるだろうし。松川さんも優しくしてくれるし、……羽倉も。君も
ためなら、がんばっちゃうだろうし」
少し苦しそうなその顔。小さく聞こえたその言葉は、普段の瀬伊くんにはないもの。
「瀬伊くん」
大丈夫。あたしを見て。
「でも、あたしの世界には、瀬伊くんが必要だよ。だって」
瀬伊くんの手をそっと握って笑う。この手から、あたしの心がそのまま伝わりますように。
「あたしのことからかったり、イタズラしたり。…それから、えーっと、麻生くんに罠をしかけたり、おかしな物を集めたり」
「……むぎ?」
ちょっと眉を顰めたその顔も、あたしの世界を作る大事なピース。
「素敵な言葉をくれたり、きれいな音楽を創ったり、…ただ、そばにいてくれたり。あたしの世界をこんなに楽しくしてくれるんだもん」
こんなに、色鮮やかに。あたしの世界を彩る人。
「……プッ。アハハハハ…」
目を丸くしていた瀬伊くんが不意に笑い出した。しばらく笑った後、こつんとあたしの肩に頭をぶつけて。そして一言。
「…君って、無敵」
「何それ。けなしてるの?」
「ううん。ほめてるの。……出会えて、よかった」
キレイに笑ったその顔で、彼があたしにキスをした。
あとがき
うわ〜、本当に遅くなりました。瀬伊誕始めてからどれだけかかったんだろう……。待ってくださっていた方々(いらっしゃるのだろうか)、お待たせしまし
たー!(汗)
「もしも出会っていなかったら」…瀬伊って、一哉のように直接むぎの生活に関与できるわけじゃないし、依織や麻生みたいに役に立てないし、とか気にするか
も
なーと。
2でも「強い君に僕は必要ない」って言ってましたしね。そんなことを吹き飛ばすようなむぎが大好きですv