Sweet Time

「はあ〜、つっかれた……」
 むぎは、体をベッドに投げ出した。ぽすんと軽くベッドに沈み込む。
 昼間、理事長の様子をうかがいながらの秘書の仕事に、夜の家政婦仕事。以前より、よっぽどみんな気を遣ってくれるようになったとはいえ、連日この調子で は辛い。
「あーあ、今日は確か、依織くん以外、みんな遅かったはずだけど……」
 夕飯、どうしよう。ごろごろしながら、そんなことを考える。いつもは、好みのバラバラな4人のために、和食の他にカレーにしたり、エスニック料理を取り 入れたりしているが、せっかく依織くんと二人きりの食事なんだし、ちょっとがんばりたい。
「やっぱり、季節の和食がいいよね。最近ちょっとマンネリ気味だったかもしれないし。なんかいいメニュー、ないかなあ」
 腕だけ伸ばして、雑誌を取る。
「依織くんの、好きそうな…もの……」
雑誌をめくりながら、いつしかむぎは、眠りに落ちていった。

「ただいま。おや、誰もいないのかい?」
 依織は、玄関を開けて首を傾げた。今日はむぎは早く帰れると言っていたはずなのだけど。でも、玄関にはむぎの靴がちゃんとある。
「むぎ? いるの?」
 リビングにもキッチンにも、人影がない。二階へ上がって、むぎの部屋を軽くノックした。……返事はない。
「ちょっと失礼するよ」
 ドアを開けてみると、そこには、雑誌を手にしたまま、眠り込んでいるむぎの姿があった。
「風邪を引くよ、むぎ」
 声をかけても、反応がない。よほど深く眠り込んでいるようだ。
「……疲れているんだね。このところ、昼も夜も、がんばっていたから」
 毎日顔を合わせていて、むぎがどれだけがんばっているか知っている。
 もっと休むように、手を抜いたっていいと、今までに何度言っても、
「お給料をもらっているし、あたしがやりたくてやってるんだから」
と譲らないむぎを見ている。握りしめている雑誌のページは、『季節を感じる和のメニュー』だ。むぎの心遣いは嬉しいが、せめて他の三人がいない今日ぐら い、ゆっくり休ませたい。
「今日は、手の中のものをみんな手放して、ゆっくりお休み」
 眠るむぎのそばに座り、頭をそっと膝に乗せた依織は、手の雑誌を抜き取ろうとした。すると、眉を寄せて、かすかにいやいやをする。首を傾げた依織は、も う一度雑誌を引っ張った。
「や……。いお、り、くん……の……」
 ますます握る力が強くなる。眠っているはずなのに、取られまいと必死だ。まるで、自分への気持ちは絶対に手放さないと言われているようで。
「嬉しいけど、どうせなら、こっちにしてくれないか」
 そっと指を外して、自分の手を握らせる。瞬間むぎの顔がふわりと微笑んだ気がした。
 そして。

 
「ん……」
 あったかくて、気持ちいい……。
 むぎは無意識に、その温もりに体をすり寄せた。大好きな何かでいっぱいで、幸せをかみしめてる感じ。心落ち着くいい匂いに 包まれて、さらさらと優しい何かが撫でてくれている。嬉しくて嬉しくて、ぎゅっとそれを抱きしめた。その途端、ふと動きを止めた気がしたけど、すぐにま た、優しい動きが再開した。指で髪を梳かれて、徐々に意識が目覚めていく。
 むぎは、ゆっくり目を開いた。目の前にあったのは。
「おはよう、むぎ」
 依織の整った顔がすぐ近くにあって、一気にむぎの頭は覚醒した。
「え、えっと、何? ……あ、あたし、寝ちゃってた!?」
「うん、よく寝てたよ」
「あ、うわっ、夕飯まだだった。ごめんね。すぐ用意するから」
 あたふたと立ち上がろうとするむぎを、依織は優しく抱きとめた。
「いいよ。夕飯は、もっと後で」
「え? でも、おなかすいたでしょ? 待ってて。急ぎでできるメニューもあるから」
「夕食は、外に食べに行こう。いいお店を見つけたんだ。君と一緒に食べたくて」
「もう、依織くんってば。……ちょっとあたしに甘すぎるよ」
 優しく髪を梳きながら言われて、むぎは頬を赤くして、困ったように笑った。その言葉に、依織はむぎの顔をそっと両手で包み、自分の方を向かせた。
「それは、君の方だよ、お姫様。いつもいつも、君は、僕たちのためにがんばりすぎてしまうからね」

 君を甘やかしてあげたいんだ。だから、ほら。

 依織は、さっとむぎを抱き上げ、自分の膝に座らせた。背中に、依織の温もりがある。
「い、依織くん? あの、これじゃ……」
「もっと寄りかかって。……僕がこうしたいんだよ。お姫様を、甘やかすために」
 見上げるむぎに微笑んで、瞼に、ふわりと軽く口づけて。

 ゆっくりと、続きをしよう。

 唇なぞる指先が、そう誘った。









あとがき
 甘っ……! ここまで甘いSSを書いたのは初めてだと思います。(え? 思い違い?)自分がすごく疲れていたので、「こんな風に甘やかされたいな〜v」 という 願望がこれでもかと入ってます。 思いっきり遅刻なのですが、依織誕記念SSで す。依織を甘やかしたかったのですが、彼ならこういうことにも幸せを感じてくれそうかなと思うので、こんなのもありかなと。
 依織へ。誕生日、おめでとう!
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