普通なら、目に留まらないような微かな変化。
だが、柚木はいつも、その紅を何よりの春の先触れと感じている。一斉に花を咲かせる日のために、内からあふれ出たかのようなその色を見ると、自然の持つ
力と美
しさを感じずにはいられない。
見上げる先に、一つ二つ開きかけた花を見つけたなら、なおのこと。もうすぐ咲き誇る桜花を思って、目を離せなくなる。
「まるで、お前のことだな」
まだ現れない彼女を思い浮かべて、苦笑する。
春のコンクール、ヴァイオリンを手にした彼女は、まだ初心者と言っても差し支えない程度の奏者だった。だが、その拙い音色は、思わず人を引き込む何かを
持っていた。
魔法のヴァイオリン? そんな訳の分からないものを手にして参加している彼女が目障りで苛々して、誰にも見せない本性を見せてまで彼女を排除しにかかっ
ていたのに、気付いたら、自分から近づいていた。
そう、気付いてしまったら、もう目を離すことも離れることもできなくなっていた。
彼女の内側からあふれ出るこの音色は、大輪の花を咲かせることを予感させるから。
いや、予感ですらない確信だ。
やっかいなことに、あの音色に魅了されたものは他にもいる。
圧倒的な技量で完璧な音を響かせていたヴァイオリニストは、最近音が柔らかく深いものに変わってきた。
何かを悩んでいたようなピアニストは、音楽にまっすぐ向かい合うようになった。
最近現れた転校生は、どうしてか最初から彼女に心酔しているようで、しょっちゅう彼女の隣にいる。
でも、譲れない。
手に力がこもる。
自分には、未来の選択肢などないと思っていた。
だが、彼女の未来を、どこまでも隣で見届けたいと思う。
彼女がいれば、今まで思いもしなかった未来へ歩き出せるかもしれない。
満開の花が咲き誇るそのとき、彼女の手を取るのは自分でありたい。
こちらに向かってくる速い足音が聞こえた。
柚木はゆっくり微笑んで、前に一歩踏み出した。