デートが終わりに近づき、芙由と天地は、いつものように人気のない海辺を歩いていた。
たわいもない話をしながら歩いていて、芙由はふと前を歩く天地のジーンズ
に目が留
まった。ポ
ケットに見えるのは、彼の携帯。そこに揺れているストラップはかき氷の宇治金時だ。商店街やショッピングモールでもあまり見たことのないデザインは、まる
でどこかのお土産品みたい。
そこまで考えたところで、芙由の頭に浮かんだのは修学旅行のこと。
先週チア部の2年生達が、月曜日から一週間近く、修学旅行へ行っていたんだった。
芙由は、そのことを思い出した。帰ってきた日は、お土産でこんなの買っ
たって、
ワイワイ言いながら夢中になって見せ合っていて、練習どころではなかったのでよく覚えている。私た
ちのときも、最終日のお土産選びには、みんな京都ならではのストラップを探すのに夢中になってたっけ。
「いいなぁ……」
芙由は小さく呟いた。自分達の修学旅行のときも、彼がいる子は彼に選んでもらったり、帰ってからお揃いで付けようとペアで買ったりしていた。芙由自
身
は、彼がいないからお土産は買ってこなかったし、自分用に選ぶこともしなかったのだけど。
どうしようかと迷ったりはしたのだ。だけど楽しそうな周りを見て
いたら、
そこにいない一人の顔が浮かんで、どうしてもそんな気になれなかった。
なのに、翔太くんは買ってきてたんだ。
そう思ったとたんに、芙由の胸に言いようのない寂しさがこみ上げてきた。お土産選びなんて、そんなの、当たり前のことなのに。分かっていても止
ま
らない。
やっぱり、あの土産物屋さんで選んだのかな。翔太くん人気あるし、もしかしたら、誰か女の子に誘われて、一緒にストラップを選んでたりして……。芙由の
頭
の中にぐるぐる嫌な想像が浮かぶ。
こんなとき、天地との年の差を感じる。天地はよく芙由のことをからかってるし、いつもは年下だなんてことを感じさせない。下手すると自分の方が年下なん
じゃ
ないかと思わせるくらいだ。でも実際には学年は同じではない。一緒に修学旅行へ行けたらよかった。少なくともこんな気持ちにはならなかっただろうに。
はあ。
芙由は思わずため息をついた。すっかり自分の考えに沈み込んでいたため、天地が目の前に来ていることにも気づかなかった。
「せーんぱい」
天地の声で、芙由ははっと我に返った。そうだ、今はデート中だった。
「あ、翔太くん。なに?」
「翔太くん、じゃないよ。何考えてたの」
思いっきり不審そうな顔をしている天地に、慌てて芙由は取り繕った。
「え、あははは、何でもないよ」
「あのねえ、先輩。僕が気づかないとでも思ってるの?先輩、嘘下手なんだからさ」
だから早く言えばって、顔をのぞき込んでくる天地にうろたえる。うう、やっぱり年下とは思えない……。そう思いながら、芙由は一番気になっていること
を、
お
そるおそる切り出してみた。
「あのさ、それ、買ってきたんだよね……」
「それ?」
「その、携帯のストラップ」
「……あ、うん」
ポケットの携帯を指さしながら言う。芙由の言い出したことは予想外だったらしく、天地は目を丸くした。
「もしかして、修学旅行で買ったの?」
「……うん、そうだよ」
答える天地の顔は、僅かに赤くなっている。
「いいなあって思って」
「え?」
「あのお土産物屋さんで買ったんだよね。あそこ、いろんなストラップおいてあったから。私の修学旅行の時も、みんなすっごい迷いながら選んでたんだよ」
「……先輩」
複雑な表情を浮かべる天地を見て、芙由は焦った。しまった、言わなきゃよかった。こんなことを言われても、何を答えていいのか分からないだろうに。
「私は買わなかったんだけどね。なんか、そういうのいいな〜って。私もさ、修学旅行に行って一緒に選べたらよかったのにって。……そう思ったの」
一緒になんて行けなかったから仕方ないんだけどねと、早口で言って、あははと芙由は笑った。鼻の奥がつんとする。ごまかさないと、涙が出そうだった。
「先輩」
また天地が言った。その優しい響きに、芙由は一生懸命笑顔を作って彼を見た。
「……へへ、なあに?」
「手、出して。……これ、あげる」
右手にそっと乗せられたのは、小さな紙袋。ちょっと端っこが折れているその袋から出てきたのは、天地と全く同じデザインで、かき氷の宇治金時ストラッ
プ。
「え、これって……」
「この前、修学旅行に行ったときに買ったんだ。先輩、こういうの好きそうって思って」
ちょっと目を反らしながら、天地が言った。いつもより早口で言われたその言葉は、意味を飲み込むのに少し時間がかかったが、芙由の中で、ゆっくりと優し
く溶
けていった。
「先輩ってば、修学旅行へ行ったとき、僕にお土産買ってきてくれなかったよね」
けっこう傷ついたんだよ、と軽い言い方だけど、本音を滲ませたその言葉に、芙由の顔が熱くなる。そうだ、あんな風に悩んでないで、ちゃんとお土産買って
こればよかった。
「だから、買ってくるのを止めちゃおうかと思ってたんだけど。でも、さ」
言葉を切って芙由を見た天地は、くすりと笑った。
「……って言ってくれたから」
「え、なに?」
小さな声で言われた言葉が聞き取れずに、芙由は聞き返した。
「なーんでもない!」
「何よー。ちゃんと言ってくれてもいいじゃない」
「ん? おとぼけさんには難しいって。」
「それって、どういうことー?」
芙由が手を振り上げて、笑いながら逃げる天地を追いかけていると、不意に天地が立ち止まった。振り返った顔が、まっすぐ芙由を見る。
「ね、先輩。今度行こうよ、修学旅行」
「へ?」
「京都。修学旅行と一緒のコースをさ、二人でまわろう?」
「……一緒にってこと?」
うん、と天地は頷いた。
「うん、いいよ」
「……先輩、意味分かってる?」
力強くうなずいた芙由を見て、どこか戸惑ったように天地が聞いた。その顔に、芙由の方がむっとする。
「分かってるよ?一緒に回ろうってことでしょ?」
「そうだけどさあ……」
なぜか脱力している天地を、芙由は不思議そうに見た。
欲しいのは、未来の約束。
一番欲しい物をくれたのに、「うん」と言わないわけないじゃない。
いつか一緒に行けたら、あのお土産物屋に寄ろう。今度は二人で選ぼう。
手の中にある小さなストラップを、芙由はぎゅっと握りしめた。そこから温かな気持ちがさざ波のように広がっていった。