「気づいて、もらえなかった……」
亜貴はため息をついた。先日の世界史の小テスト。問題に解答していくうちに、一マス書く場所が変われば『真朱』になる字の並びを見つけて、思わず答えを
ずらして書いた。大好きな彼の名前。まだ大好きだという気持ちを伝えたくて。想いを届けたくて。
でも、先生から何の反応もなかった。
もちろん、みんなの前で何か言うわけにはいかないことは分かってる。
「つきあっているんじゃないか」
「あの先生は教え子に手を出したのか」
そういった自分たちの噂は、今はかなり落ち着いている。でも少しでもそんなそぶりでも見せたら、すぐにまた勘ぐられてしまうだろう。
でも、何かしらいつもと違う反応を期待していた。誰よりも彼に気づいてほしかったのに。
「はあ…」
「何ため息ついてんの、亜貴ちゃん」
後ろから突然のぞき込まれて、びっくりしながら振り向くと、そこに悦が立っていた。
「何だ、えっちゃん」
「亜貴ちゃんひどい! せっかくあたしが声かけたのに何だなんて!」
「あ〜、ごめんね。ちょっと考え事してたものだから」
「何々、そんなにテストひどかったの?」
ひょいと亜貴のテストをのぞき込んだ悦が、ふくれ顔になった。
「ちょっと亜貴ちゃん、何でこんなに点数いいの! 真朱センセの授業なのにこんなにがんばってるなんて!?」
「おーい、紺青。その言いぐさはかなりひどくないか? というか、おまえはせめてもう少し問題を解こうという意欲を見せてくれたってな…」
「センセーはちょっと黙っててください」
「しくしく…」
遠くで真朱先生が凹んでいるが、悦はお構いなしだ。
「へー、今回の問題って、こんなに漢字が多かったんだね〜」
「そこツッコミどころなの、えっちゃん?」
「今更感じることか、それ…」
亜貴と烏羽は同時に声を上げた。
「何よー。いいじゃない、人が何に驚いたって」
「俺は、今のおまえの感想の方が驚きだ」
ぎゃーぎゃー言い合いを始めた二人を、呆れながら見ていると、
「そうだね、そんなことを今感じてるところがまず問題だよね」
「ひゃっ、白原君」
横から白原が顔を出した。ぎょっとする亜貴に頓着せずに、白原はテスト用紙を取り上げた。そして、どことなく黒い笑顔を浮かべた。
「ああ。………………ふーん」
「……その沈黙は何かな、白原君…」
妙な沈黙にいたたまれなくなって亜貴が聞き返すと、「別に」と素っ気ない顔で返された。首を傾げる亜貴に、テスト用紙を指さしながら一言告げる。
「真朱先生も採点に迷うことがあるんだね」
「!?」
問い8の赤丸に、小さく丸い赤インクのにじみ。
思わず黒板の方を見た。振り返っても、先生は他の生徒と話をしていて、こっちを見てくれるわけじゃないけど。
でも、きっと通じてる。
亜貴は、花開くように笑った。
「先生。これで借り一つですね」
「……恩に着ます、白原…」