この日、柚木と香穂子は、ちょっと離れたところにある有名な寺院の紫陽花祭りに来ていた。二人は見事に咲き初めた紫陽花を眺めたり、話を楽しんだ
りしながら歩いていた。
しかし、一日ゆったりと過ごせるはずだったのに、前日からよく晴れていて、天気予報でも降水確率は10%と低かったはずだった空は、見る見るうちに沸き
起こった雨雲に覆われてしまい、辺り一面は土砂降りの雨となってしまっていた。
全身びっしょりと濡れてしまった二人は、他の観覧客達と共に雨宿りをしていたが、何時止むともしれない雨にしびれを切らし、比較的近
かっ
た柚木の家へと向かうことにしたのだ。
柚木家の両親と祖母は親類の集まりに顔を出しており、兄達や妹もそれぞれ仕事や友人との用事で外出している。家には誰もいなかったため、香穂子は彼の
部屋へ通してもらい、服を借りることとなった。
柚木からシャツを借りた香穂子は、彼がタオルを置きにいっている間に、びしょぬれになったキャミソールとカーディガンを脱ぎ、柚木から借りたシャ
ツに腕を通した。そして、
「あれ?」
微妙な違和感を感じて、香穂子は自分の姿を確かめた。
柚木の服はシンプルで、どちらかというと中性的なものも多い。今回借りているのは、彼が外出でよく着ているピンタックのある白いシャツブラウスである。
それなら、自分が借りてもおかしくないだろうと思ったのだが、それが
どうも落ち着かない。いつも彼が着ているときは、合わせるリボンタイのせいもあってか、それほど男性を感じさせないのに、いざ自分が着てみると肩幅や袖の
長
さなど、明らかに女性物とは違うのだ。
「やっぱり、男の人って違うんだ」
滑らかな生地の手触りと、相反するようなその事実に、香穂子は戸惑っていた。
「いつまで着替えているんだ。もういいだろう」
そう言って、自分も手早く着替えた柚木が部屋へ入ってきた。
そして、冒頭の「……先輩も男の人だったんですね」である。
最初は面食らったが、自分の着ているシャツをちらちらと見たり、もごもごと口ごもったり、相
変わらず彼女の考えていることは分かりやすい。うっすら頬を赤らめている香穂子を見て、柚木はくすりと笑った。
「そんなに知りたいのかな?」
「え?」
「そんなに僕が男かどうか知りたいのかなって言ったんだよ。日野さん?」
言葉はあくまで丁寧で柔らかだが、声の調子と表情はそれを裏切っている。
「ゆゆゆ、柚木先輩? 目が怖いですよ?」
「そりゃあ、ね。俺の性別が分からないような恋人には、ちゃんと教えてやらなくちゃなと思って」
綺麗な笑みで浮かべて言い切った柚木は、つと動いて香穂子との距離を縮めた。思わず香穂子が後ずさる。
「ん? どうして逃げるのかな?」
「だって先輩が前に出てくるから……」
しどろもどろになりながら、赤くなって必死で逃げ道を探すそぶりに、喉の奥でクッと笑う。
彼女は気づいていないだろう。今日家族が留守にすることを知っ
ていて、家に招いたことを。雨が降ってきたからというのはただの口実で、その他にも、家に招くための用件は作ってあったことも。
「ほら、こっちへおいで」
腕を引くと、バランスを崩して簡単に倒れ込んでくる柔らかな体を抱きしめて囁く。
「俺のシャツ、似合うな。……そそられる」
「え、あ、あのっ」
「さあ、教えてあげるよ。香穂子」
どこまでも甘い声と微笑みに、スパイスを効かせて。
その後の二人は、雨音が隠してくれた。