ひめちがい

「お正月は家へおいで」
 依織くんからの誘いを受けて、あたしは彼の手で振り袖を着付けてもらっていた。
 振り袖は依織くんが用意してくれて、金糸、銀糸で刺繍を施された華やかな 着物を前に、あたしは弾んだ気持ちを抑えられなかった。
「はい、腕を伸ばして。袖を通すよ」
 依織くんの言うとおりに動いて着せかけてもらう。ヘアやメイクもいつもより大人っぽくしてもらっているので、随分印象が違う。
 鏡に映る自分がだんだん艶 やかに変わっていくのを見ながら、思わずぽろっとこぼれた一言でその後の運命が変わるとは、あの時思いもしなかった。

「やっぱり『ひめはじめ』って今日だね」
 依織くんの動きが不自然に止まった。しばらく固まっていた依織くんは、顔を上げてにっこり微笑んだ。
「その言葉、誰に教えてもらったんだい?」
「あ、瀬伊くんに教えてもらったんだけど……」
 確か年の暮れに瀬伊くんと、お正月は依織くんの家に招待されていることを話していたら、
「そうかー。その日が『ひめはじめ』だね。むぎちゃん、松川さんにお姫様みたいに飾ってもらうんだもんね」
って教えてくれたんだよね。妙に楽しそうなのは気になったけど、その後着物を着るのかとか初詣はどうするかなんて話していたから、聞けなかったし。

 答えながら彼の方を見ると、依織くんから笑顔が消えて、あたしの顔を射るように見つめている。あたし、また瀬伊くんに騙されて馬鹿なこと言っ ちゃったのかな。
「依織くん、あたしまちがってた? 『ひめはじめ』今日じゃない?」
 不安になって聞いてみると、依織くんはふと表情を和らげて
「いや。まちがっていないよ」
 あたしの指を取ると、一つキスを落とした。思わず目が離せなくなるような艶やかな微笑みを浮かべて。
「でも、それは夜にしようか。まだ出かけなくては行けないし。せっかくの『ひめはじめ』なんだからね」
 その瞳の奥に隠しきれない熱を感じて、首を傾げる。そんなにすごいことなのかな。これだけでも十分お姫様みたいなのに。
 あたしのそんな気持ちを知ってか知らずか
「きれいだよ、むぎ」
  熱い囁きが耳をくすぐる。それだけで、あたしはもうこのことを考えることができなくなってしまった。

 ひめはじめの意味を依織くんにたっぷり時間を掛けて教えてもらうことになったのは、その夜のこと。瀬伊くんのばかーっ。




あとがき
 正月三が日のみ公開していたお年賀企画SSです。『ひめ』といったら、彼ですよね。
 元のタイトルは、インデックスページにさらすのが恥ずかしくてさんざんごねてたのですが、同ネタの別作品を献上したことだし、タイトル変えて公開するこ とにしました。(今更ですみません)内容は変わりませんよー。
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