青いというにはどこか足りない色をした空には、薄く刷毛ではいたような雲がある。雪が降るような天気ではないのにと、むぎは不思議に思った。
雪と
言
えば、空一面白っぽく見えるときには、雪がちらつくことが多いことを教えてくれたのは、父親だったか。
「お父さんって、こういうことに詳しかったよね……」
3月だというのに風は冷たいが、それでも雪が降るような天気には見えない。屋上の植木の上にも、別段雪が落ちることもない。手のひらに白い結晶を受けよ
う
としたが、指に届くか届かないかというところですぐに消えてしまった。
「風で飛んできたのかな。なんか夢の中みたい」
何も乗っていない手のひらを見つめ、むぎは呟いた。
ちらちら舞う白いものを見ていると、楽しかった記憶だけが浮かぶ。
家族四人で並んで歩いた散歩道。
「ほら、もうすぐ雪が降るよ」
「えー、お父さん、ホント?」
「そうね。確かにこんな白い空から降ってくるときが多いのよ」
「本当だ! むぎ、降ってきたよ!!」
「うわあ、きれーい。お父さん、すごい」
もういない家族と過ごした宝石のような時間。
むぎは、目を閉じた。
青い空から雪が降ってくるように、ふと今の暮らしが現実ではなく夢のように感じた。あれほどいろいろなことがあったというのに。これは両親を亡くした自
分
が見ている、普通ではありえない優しい夢なのかもしれない。寂しいこともなく、大変だけど毎日賑やかな長い夢。
その想いに引き込まれそうになった、そのとき。
「何をしているんだい」
後ろから自分を抱き込む腕を感じて、むぎは後ろを振り返った。
「依織くん!?」
「君がなかなか帰ってこないから、探しに来たよ。こんなところで何を見ていたのかな」
優しい、優しい声だ。これも夢なのだろうか。奇妙な現実感のなさ。
「ちょっとここでね、空を見ていたの」
「そう」
「こんな風に青い空から、雪が降るなんて思わなかった。なんかヘンだよね」
「うん?」
「雪ね、手に乗らないの。全部消えちゃって。だから、今あたしがここにいることも、夢みたいなものなのかなあって……」
最後まで言い終わる前に、あごを持ち上げられ、唇をふさがれた。決して強くはないのに逆らえない力で。角度を変えながら何度か口づけられた後、依織の方
へ向きを変えられ、もう一度抱きしめられた。
「……い、依織くん。どうしたの?」
「怖いことを言うからだよ」
「え?」
「今、君がここにいることが幻じゃないか、なんて。嘘でも言わないでくれ」
抱きしめる腕が強くなる。
ああ、不安にさせてしまったんだ。やっと気づいたむぎは、依織の背中に手を回してぎゅっと力を込めた。それに気づいた依織はふと笑んで、むぎの目元に軽
く口づけた。
「あ、もう止んじゃう?」
むぎがふと目を開けると、さっき舞っていた白い雪は、もうほとんど見られなくなっていた。
「こういう雪のことをなんていうか知っているかい?」
「ううん、知らない」
「風花っていうんだよ。風に乗って飛んできて、すぐに消えてしまう花」
手を触れたら、もうその存在を留めてはおけない花。
「俺にとって、君は消えない花だ。風花のように、手にしたとたん消えてしまうことのない確かな花」
「依織くん……」
「触れても君は変わったりしない。いつでも変わらないその心が、その存在そのものが花なのだから」
触れてくるその手は熱く、依織の想いをそのまま伝えてくる。
その後は、彼の熱にさらわれた。
次の日、空はまた柔らかな青色に染まっていた。昨日より日差しは柔かくなった気がする。
青い空に風花が舞う。
それは手のひらに載ると、ふわりと溶けた。
彼の花である自分を誇りに思う。
そして、いつまでも彼の花でいられる自分でありたいと願う。