花吹雪

「どうだ、むぎ。きれいだろう」
「すごーい。こんなにきれいなもの、むぎ、はじめてみた」
 堤防沿いにずっと連なる桜並木。満開の桜を見て、こむぎは歓声を上げて駆けだした。木の下に立ち止まって、ひらひらと舞う花びらを見上げて嬉しそうに手 を 伸ばしてはつかもうとしている。その姿を見て、一哉も思わず微笑んだ。

「あ、おい。桜はもういいのか?」
「ん〜、なあに?……あ、ここにもみーっけた」
 あんなに喜んで桜を見ていたくせに、こむぎはもう飽きてしまったらしい。しゃがみこんでなにやら探している。
 ったく、せっかく連れてきてやったのに。……でも、これが普通なのか。幼児の集中力は長く続かない。あいつの集中力なら尚更だ。もう昼飯の時間が近い し、 こ んなものかもしれない。

 何とはなしに、一哉は一本の桜の木の下に座った。そのまま、いつしかうとうとしていたらしい。
「かずやおにいちゃん! ねえ、おきて」
というこむぎの声で目を覚ました。
「あ、ああ。悪い。ちょっと寝ていた。……って、こら、何をしているんだ。スカートをまくり上げて! すぐ下ろすんだ」
 一哉は驚いて声を上げた。こむぎはスカートをまくり上げてその端をつかんでいるので、膝小僧の少し上から下が丸見えだ。下着も見えかけている。
 思わず声 を 大 きくして注意すると、こむぎはそれに頓着することなく、
「おにいちゃん、ほらみて!」
 スカートの端を持って思い切り振った。
 ふわり。
 一哉の目の前に桜吹雪が舞い散った。ひらひらと一哉の頭に、肩に、花びらが降りかかる。
「むぎがあつめたんだよ。きれいでしょう?」
 こむぎがにこにこしながら一哉に言った。
「……ああ、きれいだ。」
 それ以上、言葉が出てこなかった。

 地面に落ちた花びら。木にあって、満開の花を咲き誇らせているときは誰もが賞賛しながら見ているくせに、地に落ちたとたん誰も見向きもしない。ど ち らも美しい花びらであることは同じなのに。
 その花びらを丹念に拾ってもう一度散らした、ただそれだけのたわいない遊び。
 しかし美しさに変わりはないことに、今改めて気づかされた。

 やはり、むぎだ。
 おまえは、小さな頃からいつも物事の本質を真っ直ぐ見て、大切なことをつかみ取っていたんだな。


 こんな遊びは、子どもなら誰もがやることかもしれない。

 でも今、一哉の目の前に、絶え間なく花吹雪が降り注ぐ。









あとがき
 こむぎ話第5弾です。親馬鹿ならぬむぎ馬鹿な一哉。自分でも「そんなの誰でもやるって」とツッコミ入れたくなりました。スカートめくってるこむぎを見 て、一 哉はかなり動揺したと思われます。
 大人は満開の桜を見て楽しむけど、子どもってそれだけじゃなくて、眺めたり遊ん だりと全身で楽しむんですよね。それに気づいて、はっとした作品です。
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