「こむぎ、どうした!」
「こむぎちゃん、大丈夫かい?」
「ちびむぎ、なんかあったか!」
「どうしたの、こむぎちゃん。」
口々にたずねる彼らに、こむぎはこわごわと窓の方を指さした。
「あ、あそこ……」
こむぎの指さす方を見てみると、リビングの網戸に張り付いていたのは一匹の大きなカマキリだった。カマキリはこむぎの動きに気づいたのか、不意に薄緑色
のカ
マを振り上げた。
「ひあっ!」
「大丈夫だって。こんなの怖くねえぞ」
麻生は、びくっとしたこむぎに宥めるように声を掛けて窓に近寄ると、カマキリの胸をつまんで捕まえた。そして、こむぎの方を振り向いて、笑いかけた。
「な、見てると結構面白いぞ?」
こむぎは目を見開いて麻生のすることを見ていた。すると。
「ふ、ふえっ……」
不意にこむぎの顔がゆがんだかと思うと、声を上げて泣き出した。てっきりこむぎが笑顔を見せてくれると予想していた麻生は思わずうろたえた。
「お、おい、ちびむぎ!? どうしたんだ?」
こむぎと麻生を代わる代わる見ていた瀬伊はため息をつくと、綺麗な形の眉を思いっきり寄せた。
「羽倉、無神経〜。こむぎちゃん、泣き出しちゃったじゃない。余計に怖がらせてどうすんのさ」
「よしよし、もう大丈夫だよ。ちょっと怖かったかな」
こむぎの背中を撫でながら、依織が優しい声であやす。二人から見えないトゲのある言葉を受けて、麻生は慌てた。
「ちょっ……、おい! オレがわりいのかよ!!」
「やったことは悪くないが、こいつを怖がらせたのは事実のようだな」
一哉も冷静に言い放つ。
「くっそー、せっかく採ってやったのに。……って、わりぃ。泣かせちまったもんな」
麻生は、捕まえていたカマキリをもう一度見ると、
「ほら、行けよ。もう、こっち来んじゃねーぞ」
と網戸を開けて、そっと庭の植え込みの上に逃がしてやった。
「あの、さ。……怖がらせてごめんな、ちびむぎ」
こむぎを振り返って一言謝ると、麻生はがしがしと頭を掻きながらリビングを出ていこうと扉を開けた。その音に顔を上げたこむぎは、麻生の元に駆け寄って
きてシャツの裾をつかんだ。
「こむぎ!?」
「こむぎちゃん?」
まだ顔は涙で濡れていたが、こむぎはひっくひっくとしゃくり上げながらも一生懸命に話そうとしている。そんな姿を見て、麻生
はしゃが
んでこむぎの顔をのぞき込んだ。
「どうした? ……カマキリ、そんなに怖かったか。ごめんな」
「……ううん、ち、がう、の」
ようやく出てきた言葉は、意外なものだった。
「じゃあ、どうした?」
必死に話すこむぎの言葉を、辛抱強く待つ。
「あの、ね。むぎ、うれ、し、かったの」
麻生の目が驚きで見開かれる。
とぎれとぎれの、でも一生懸命な気持ちの詰まった言葉。
「た、すけてくれ、て、あり、がと。あさき、お、にーちゃん」
涙でくしゃくしゃの顔で、にこりとこむぎが笑った。