今夜は七夕。いつもは天の川を隔てて別れている織り姫と彦星が出会う夜。

七夕

「おい、こっちにも、もっと寄こせよ」
「えー、もう、たくさん作ったよ。もう終わってもいいんじゃない?」
「それで、飾るのはどうするんだ。作っただけで飾らないわけにはいかないだろう」
 色々な声が飛び交うリビングには、似つかわしくないほどの大降りの笹が飾られていた。
 今朝切ってきたばかりの青々とした笹の前には、色鮮やかな 短冊と華やかな切り紙細工が散らばっている。テーブルでは、こむぎが、短冊とペンで格闘していた。
「えーと、えーと」
「そう、次はこうやって書くんだよ。」
 横で依織がゆったりと見守りながら、手を添えて字の書き方を教えていた。
「……な、え。できた、なえちゃんだ!」
「上手に書いたね。こむぎちゃん」
「えへへ。ほんとう? いおりおにいちゃん」
 こむぎは、ペンを握りしめたままにこにこ笑った。その笑顔を見て、依織の顔もほころぶ。

「うん、がんばったかいがあったね。さあ、もうこれで終わりにしようか」
 テーブルの上にある書き上げた短冊を見ながら言うと、こむぎは首を振った。
「ううん。まだかくの」
「もっと書くのかい? でも随分書いているよ。」
 こむぎの書いた短冊を手に取ってみた。たどたどしく依織の手本をなぞりながら書いた短冊には、「おとうさん」「おかあさん」「なえ」の文字が並んでい る。
「まだなの。つぎはね……」
 こむぎは、新しい短冊を手に取った。
「おにいちゃん」
「うん、なんだい?」
「ちがうの。おにいちゃんたち、かくの」
 そうか、僕たちのことか。胸がふわりと温かくなって、依織は「ありがとう」と微笑んだ。

「さあ、飾ろうか」
「うん。おにいちゃんたち、すごいねー。おっきなたなばたさまだね―」
 ぎっしり飾りを付けられた笹を見ながら、しきりと感心しているこむぎを抱き上げて、短冊をつけさせる。ようやくつけ終わったこむぎは、依織を見て言っ た。
「ねえ、いおりおにいちゃん。これでおねがい、かなうんだよね」
「そうだね。天の織り姫と彦星に願いが届くと叶うんだろうね。こむぎちゃんは、何をお願いしたんだい?」
「えへへ。おかあさんとー、おとうさんとー、なえちゃんとおにいちゃんたちと、みーんなであそべますようにって」

 ふと、胸を突かれた。そんな未来は、彼女にはない。

 この先の未来で彼女を待っている運命を思い、依織は思わず視線を落とした。
「おにいちゃん?」
 あどけない顔が、依織の顔をのぞき込む。
「あ、ああ。……そうだね。たくさん遊ぼう。みんな一緒に」
 叶うはずのない約束。それでも今こむぎの顔を曇らせたくなかった。
 一度固く目を閉じてから、依織はきれいな微笑みを浮かべた。

「おりひめとひこぼしは、どこにいるの?」
 こむぎが歌うように尋ねてくる。
「いつもは天の川っていう大きな川で、二人は離されているんだよ。年に一回、今夜だけが会える日なんだ」
 こむぎは目を丸く見開いた。
「どうして? どうしていっしょじゃないの?」
「うーん、ふたりで遊んでばかりいたから、神様に怒られたんだって」
「なかよしなのに、あそんじゃいけないの? かみさま、おこっちゃうの?」
 抱き上げられたまま足をバタバタさせて抗議するこむぎに、依織は苦笑した。
「大丈夫。ちゃーんとお手伝いする子は、神様も大事にしてくれるからね」
「わかった。おてつだい、ちゃんとする」
 生真面目に頷くこむぎに将来の家政婦らしさを見つけた気がして、依織は柔らかく笑いながら、その温かい体をぎゅっと抱きしめた。

 七夕の夜の願い事。全てではないけれど、叶えてあげよう。
 大きくなった君とお姉さんと僕たちが会える、そんな奇跡の日を。






あとがき
 七夕創作です。漫画でも毎年七夕は祝っていたと描かれていたので、こむぎがやりたがったのではないかということで。(オトナむぎの話は、コミックスで素 敵な話が出てましたしね)
 ただ、時間軸がヘン……! 9月に一日来ただけのこむぎが七夕を祝っていたら、いくらなんでもヘンなのですが、あの設定とは別物としてご覧 下さいねー。
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