ことの始まりは、大晦日の、むぎと麻生の会話だった。
「あ、おもちを買い忘れちゃった。うー、カーテンの洗濯とか、お日様のあるうちにやっちゃいたいなー。後でいいから、誰か、外に行くなら買ってきてくれな
いかな」
「餅を買ってくればいいのか?」
「うん。ごめんね、うっかり忘れてて。せっかくのお正月なのに、お餅がないなんて抜けてたよー。買ってきてくれたら、特別にお礼するから」
麻生とむぎの、たったこれだけのやりとりを聞いていたのか、いつの間にか、一哉達三人もリビングから消えていて。麻生が餅を買って帰ってきた頃には、
キッチンには、餅の包みがいくつも並んでいた。しかも、麻生を含め、みんな買ってきたのは、一升以上の伸し餅だ。これだけあったら、いくら食べ盛りの男子
四人がいるとはいえ、普通に食べるだけではとてもなくならない。
テーブルには、安倍川や磯辺餅、あんころ餅のようなスタンダードな物から、どう見てもグラタンだったり揚げ餃子だったりと一風変わった料理ま
で、様々な種類のお皿が並んでいる。どれも一口サイズで食べやすそうだ。
「へえ、こうしてみると、いろんな食べ方があるものだね」
依織がそう言って、手をのばしたのは、柔らかな緑色の粉がまぶしてある小さめの団子だった。
「あ、それはね、おもちにお抹茶をまぶしてみたの。きな粉のお餅があるんだから、お抹茶で作ってもいいかなって」
口にすると、ほんのりした甘さと抹茶のほろ苦さが、柔らかな餅によく合っている。小さく丸めてあるので、前菜にも丁度よい感じだ。
「あ、僕は、これにしようっと」
瀬伊が取ったのは、ピザ風の皿。小さめのおもちに、ピザソースを塗って、タマネギやピーマン、ベーコンをのせて焼いた物。まだ熱々で、ふうふう言いなが
ら食べると、体がほかほかと温まってくる。
「おっ、いいのがあるじゃねえか」
麻生が手にしたのは、カレーを餅に載せて、チーズが溶けるまでオーブントースターで焼いた物。スパイスの香りと溶けたチーズが食欲をそそる。
「羽倉。おもちまで、カレーで食べなくてもいいと思うんだけど」
呆れたような瀬伊の言葉に、麻生が言い返す。
「うっせー。いいんだよ、コレで。大体、むぎがわざわざ作ってくれたモンに、なんか文句言いたいのか?」
「う、ご、ごめん。麻生くんと作ったカレー、久しぶりだから作り過ぎちゃって、結構残ってたんだ。こうやって食べてみると面白いかな〜って」
慌てて謝るむぎを見て、瀬伊が麻生を見返した。
「ほーら。やっぱり羽倉のせいじゃん」
「俺がわりぃのかよ!」
「俺は、これにするか」
言い争いを始めた二人を放っておいて、一哉が手にしたのは、おろし餅。たっぷりの大根おろしとネギが添えられている。
「一哉……。渋いね」
「……渋いっていうか、もう若くないって感じ?」
思わず口に出してしまったといった感じの依織や、麻生との口げんかをあっさり抜けて、言いたいことを言っている瀬伊に構わず、一哉は平然とおろし餅を口
に運んでいる。
「あっさりした物が欲しかったんだ。年末年始は、胃にもたれるようなことが多いからな」
「そっかー。一哉くん、パーティーとか多かったもんね。やっぱりご馳走とかいっぱい出るの?」
むぎが、首を傾げて聞いてきた。
「当たり前だろう。誰に聞いてるんだ」
「へー、やっぱり天下の御堂一哉をお招きするんだもんね。気合も入るだろうなあ」
茶化したような瀬伊の言葉に、麻生も口を出す。
「御堂も大変だよな。そういったパーティーって、窮屈そうだもんな」
「大丈夫だ。おまえとは違う」
「なんだと!」
なんだかんだと話しながらだと、手が進む。たくさんあった皿は、次々と空になっていき、食卓には、賑やかな笑い声が溢れていた。
「ねえ、むぎちゃん。僕、そろそろ甘い物が欲しいな」
「え? あ、そうか。今日は、特にデザートって用意してないんだ」
瀬伊のおねだりに、むぎは困った声を出した。
「あんこのお餅もあるし、ぜんざいでも作ろうか」
「ええーっ。食べてたら暑くなってきたし、温かいのはいらないよ」
「一宮、てめー、何ワガママ言ってんだよ」
麻生がいうのを聞き流して、瀬伊はあんこのかかった餅を取り上げた。
「ねえ、むぎちゃん。アイスある? ヴァニラの」
「あるけど?」
「それ持ってきて」
むぎが持ってきたアイスを受け取った瀬伊は、餅をレンジで少し温めて、アイスをのせた。
「瀬伊くん、何するの!」
「ん? ひんやりして美味しそうだなって。むぎちゃんも食べてみなよ」
「ええーっ!」
おそるおそる口に入れてみると、温めて柔らかくなった餅に冷たいアイスが絡まって、意外に美味しい。
「うわーっ、ホント。温かいのと冷たいのが混じって不思議な感じだねー。瀬伊くん、すごい!」
「でしょ? 僕も絶対美味しいと思ったんだ」
にっこり笑う瀬伊に、むぎも笑顔を返す。
「よーし、あたしもがんばるぞー!」
腕まくりして、ガッツポーズを取っているむぎを見て、三人は一斉に「一体何をがんばるんだろう……?」と思ったが、それは、翌日からすぐに分かった。
「一哉くん、依織くん、麻生くん。新作だよー!」
「またか……」
三人はげんなりした。あれからむぎは、瀬伊と餅スイーツメニューの開発に燃えている。止めようとしたが、妙な勢いで燃え上がってしまったむぎは、聞く耳
を
持たず。
「ほら、今日はモンブラン風とイチゴパフェ風だよ。モンブランは栗きんとんを使ってみたの。食べてくれるよね」
「う…」
麻生が真っ先に「甘い物が苦手だ」と言いかけたが、
「じゃあ、羽倉には、あげなくてもいいね。ねえ、むぎちゃん。甘い物が苦手な人は、わざわざ食べないだろうし、これからは、僕たちだけで食べようv 」
と瀬伊に言われてしまえば、断ることもできずに。
「いただきまーす♪」
今日も、三人の受難は続く。