孔明に額をくっつけるようにして顔をのぞき込まれ、花は慌てた。こんなに近い距離は、恋愛に免疫のない花には恥ずかしい。
思わず一歩後ろに下がろうとして転びそうになった花に、孔明が苦笑しながら手を貸した。
「ほらまた。君はちょっと落ち着きが足りないんじゃないかな。ちょっと手を貸してごらん」
「師匠!?」
不意に手を取られ、花の心臓がドキンと跳ねた。孔明が不思議そうに花を見る。
「そんなに緊張しない。手の相を見せてもらうだけだよ」
「あ、そ、そうですか」
意識過剰な反応をしてしまった。
そんな自分が恥ずかしくなった花は、大人しく孔明に自分の手を預けた。温かな指が、花の手のひらをなぞる。
「ふうん。特に悪い相は出ていないようだね…」
「そ、そうですか……」
答える声が上擦る。どくどくと鼓動が早くなり、顔が熱くなるのが分かった。顔を見られたくなくて、花は焦って声を上げた。
「あ、あの、師匠。まだ仕事がありますから」
「うん?」
「だから、その……手、を…」
放して、と言おうとした瞬間、両手で包み込むように手を握られた。
「!」
「君の気が落ち着くように、だよ。どう? 師匠の気が伝わった?」
花は口をぱくぱくさせた。ドキドキしすぎて気を落ち着けるどころではない。
「返事がないなあ。ちゃんと心を平静に保つことができないと、仕事でつまらない間違いをしてしまうよ?」
「……はい」
ふいと手を離される。なくなった温もりに少し寂しさを覚えた。
いつもと変わらない孔明の表情に、花の胸がちくりと痛む。
孔明は、いつも突然触れてきたり膝枕をねだってきたりする。
先日は、孔明に木の下で緩く抱きしめられた。彼に結婚を何度も勧めてくる官吏の矛先をかわすためだったが、その度に花は一人で赤くなったりうろたえたり
しているのに、孔明の態度は変わらない。
こんなに意識しているのは自分だけなのだろうか。
ちらりと目を上げると、孔明は既に文机の書簡に目を向けている。
せめて、弟子として、彼の役に立つようになりたい。
気持ちを切り替えて、花は顔を上げた。気配に気づいた孔明が、その表情を見て満足そうに頷く。
「うん、大丈夫そうだね。じゃ、仕事の続きをがんばって」
「…はい。がんばります」
自分にできることを。
孔明の気持ちを気に病む前に、まずやることをやらなくちゃ。
花は、書簡を手に走り出した。