卒業 

 花が舞う―――

 半分ほど開いていた窓から、ひらりと一枚の花びらが入ってきて、花は顔を窓に向けた。
 今日は風が強い。雪に似た白い花弁が、はらはらと風に流れるさまを見ていると、もう遠くなった故郷のことを思い出した。
 春の桜並木。ほころぶ花の下を歩く人達が、顔を上げて笑いあって。

 そうか。私、卒業なんだ―――。

「どうしたの、花」
 呼ばれたことに気づいて目を戻すと、師匠である孔明が組んだ手に顎を載せて、花を見上げていた。
「あ、すみません。こちらの書簡を届けるんでしたよね」
 花が慌てて机の竹簡に手を伸ばそうとすると、孔明の手がそれをやんわりとさえぎった。
「外に、気が惹かれるようなものがあった?」
「あ、桜が散っているなと思って……。きれいですよね」
「そうだね」
「ああ、春だなと思っていたんです」
 そのまま小さく笑って答えた。そんな花に、孔明が静かな声で聞いた。
「君の国では、春に悲しいことがあるの?」
「え」
 思いがけないことを言われて、花は目を丸くした。
「特に、そういうことは……。どうしてですか?」
「だって君、今桜を見ながら、悲しい…寂しいかな? そんな顔をしたよ」
「え…」

 どきりとした。気づかれたとは思わなかったから。

「卒業だな、と思ったんです」
 花は、胸に手を当てて言った。
 元の世界のことを話すと、孔明が今も微かに胸が痛むようなような顔をする。そんな彼に、自分の中のこの気持ちを間違いなく伝えられるように、花は心の中 で言 葉を探した。

「私の通っていた学校では、3月、桜の咲くころに卒業式を迎えるんです。こちらに来た時は一年生だったから、ちょうど今頃が、卒業式だったなと思っ て」
 今はもう遠く隔たったあの世界の時間では、まさに自分は高校三年生を終え、その先の進路を決めた頃だろう。大学へ行くのか、もしかしたら働き始めること を選択していたのかは分からないが、きっと、彩やかなと一緒に、自分の道を迷いながら探して、決めていたのだろう。

 でも、今は自分の歩きたい道を見つけた。
 どうしても共にいたいと願った人の横で、その人と願いを共有し、夢に向かって歩んでいる自分は誰より幸せだと思う。

「私は、みんなよりひと足早く社会へ出たんです。元の世界では、三年間高校で学ぶのだけど、私は師匠に出会えて、それより先に世の中を良くするお手 伝いをさせていただけた。みんなより、ちょっとだけ早く卒業していたんだなと思って」

 孔明の傍だから。迷わずに歩いていける。

 いつの間にか立ち上がっていた孔明の手が花へと伸び、ゆっくり頬を撫でた。温かなその感触と優しい瞳に、少しだけ目の奥が熱くなる。

 大丈夫。
 未知の世界へ足を踏み出すことは、いつだって少し怖いけど、それ以上に笑い合う未来への希望を思うから。
 いつも傍にある人の大切さと、共に歩くことの喜びを知っているから、嬉しさの方が先に立つのだ。

 花吹雪が、春に舞う。
 昔も今もその先も。
 新しい世界へ旅立つ者へ、祝福とはなむけを贈る―――。
 









あとがき
 師匠×花の10作目。通勤途中に花吹雪を見たとたん、「花ちゃん卒業だー!」と思ってそのままイメージが出てきてしまい、職場に着いたとたん書き始めて いました。卒業式は、やっぱりちょっと特別なものですよね。                           12.04.09
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