君に悪戯 

 強かった日差しが和らいで、秋らしい爽やかな青空が続くようになってきたある日。
 玄徳軍の建物の一角から、耳慣れない言葉が聞こえていた。

「はろうぃん……と言うんだ」
「はい。ちょうどこの時期に行われるイベント……お祭りみたいなものです」
 最初は、この時期の行事について、花が孔明から講義を受けていたのだが、いつしか話は花の故郷での催し物に移っていた。
「へえ。その祭りはみんなで集まったりするの?」
「いえ、もともとは外国から伝わってきたお祭りなので、私達がいたところでは集まったりしませんでした。えーと、人の集まるお店や遊ぶところは、周りを黒 とオレンジ……橙色にしてカボチャや お化けの絵で飾ったり、カボチャのお菓子を食べたりするくらい、かな。あ、友達同士で集まったりするときは、魔女やお化けの仮装する人もいましたよ」
 孔明は花の言葉に目を丸くした。
「かぼちゃ? かぼちゃを飾るの? それにお化けって、なんで」
「な、何でだったかな……。確か、外国のお盆みたいなものって聞いたことがあったから、先祖の霊が集まってくるってことだったのかな? 橙色の大きなカボ チャの中身をくり抜いてちょっと怖い顔にして飾ったり、狼男とか吸血鬼みたいな外国のオバケの格好をしたり、友達と『お菓子をくれなきゃ悪戯するぞ』って 言ってお菓子を交換したり……………えーと、そんな感じ、です」

 ハロウィンにはもともとちゃんとした意味や由来があるのだろうが、花の知っているハロウィンの知識はこの程度のものだ。ところどころつっかえなが ら、知っている限りのことを孔明に話してみたが、花自身にさえも、分かったような分からないような説明になってしまった。
 首を傾げながら聞いていた孔明も、これ以上は聞いても無駄だと思ったらしい。頷きながら、孔明は頭の後ろに手を回した。
「ふうん。ということは、別に何かとりたててやらなくちゃいけないことはないんだね?」
「そう、ですね。ハロウィンで楽しむのは、ほとんど子どもや若い人だけですし」
 花が元の世界の様子を思い出しながら答えると、孔明はくすりと笑った。
「ということは、子どもたちを楽しませながら、財布の紐を緩めさせる催し物だということかな」
「師匠?」
「だって、君の話を聞いているとひたすら楽しむためにやっているみたいじゃない。店や街を飾ったり特定の菓子や飾りを売ったり。経済効果は高そうだけど さ」
「え、あ、そうなんですけど……」
 こちらの世界に比べて、あまりにのほほんとしたイベントだっただろうか。恥ずかしくなってきて俯くと、孔明の苦笑した声が聞こえてきた。
「こらこら、笑ったわけじゃないから顔を上げなさい」
「でも……」
「羨ましい、って思ったんだよ。そんな、ひたすら楽しむための祭りができる君の世界が」
 孔明の声の中に今までとは違った響きを感じて顔を上げると、花をじっと見ていた孔明は何気なく目を反らした。

 ひたすら、楽しむための祭ができる世界。

「できますよ」
「え?」
「できますよ、絶対。楽しむだけのお祭り」
 振り向いた孔明に、「いつかやりましょう」と花が笑顔を見せた。確信を持った言葉に、孔明の顔が穏やかになる。
「…そう、だね」
 ほんの少し、図らずも零れてしまったのだろう。彼の感情の変化に気づけたことに、花は嬉しさを隠しきれなかった。そんな花を黙って見ていた孔明が、不意 に口の端を上げた。
「やってみる?」
「え」
「そのお祭り。こっちの世界でもやれそうことなら、やってみてもいいかなと思って。お化けってのはどうかと思うけどさ」
 急に変わった話題に目をぱちぱちさせていた花はしばらく考えていたが、急にぱちんと手を打った。
「あ、『trick or treat』!」
「とりく……、何?」
「『お菓子をくれなきゃ悪戯するぞ』って意味なんですよ」
 外国の言葉なんですけどね、と言いながら、花は書き損じた竹簡の端に言葉を書いてみた。
「『trick』が悪戯するという意味で、『treat』は……お菓子をくれる、でよかったのかな? 誰かに『trick or treat』って言いながら手を出して、お菓子がもらえたらよし、お菓子がもらえなかったら相手に悪戯してもいいってことになってるんです」
「つまり、その言葉を言った人は、お菓子をもらうか悪戯できるか、どっちかができると」
「はい!」
 その返事を聞いた孔明はにっこり笑った。
「そっか。……じゃあ、花。『とりっく おあ とりっく』」
「師匠、言葉が違いますよ。『trick or treat』です」
 両手を差し出す孔明に笑いながら花が訂正したが、孔明は涼しい顔で首を振った。
「違わないよ」
「え、だって『trick or trick』って」
「うん。『悪戯か悪戯か』って意味なんでしょ? さて、右の悪戯と左の悪戯、どっちがいい?」
 孔明の言葉に、花が一瞬で青くなった。
「な、なんですかそれ! どっちも嫌です!」
「えー、こういうときは、どっちか選ばなきゃいけないんでしょ? はい、早く選んで」
「そ、そんなこと言われても……」
 後ずさりする花に、孔明が一歩近づいてきた。ずりずりと下がっていくうちに背中が壁に付いてしまった花を、孔明の黒い目が楽しそうにのぞき込んでくる。
「はーな。ほら、どっち?」
「え、選びませんよ!」
「ふう、しょうがないなあ。せっかくボクが君のために考えたのに」
 わざとらしくため息をついた孔明は、差し出していた両手を下ろした。とりあえず諦めた様子の孔明にほっとした花が顔を上げると、柔らかいものが唇を掠め た。
「……え?」
「選びにくそうだったから、右でも左でもない悪戯にしておいたよ」
 三拍ほどおいて、一瞬で首筋まで真っ赤に染まった花を見て、黒い瞳が悪戯っぽく笑った。








あとがき
 師匠×花の七作目。時期ものです。師匠とハロウィンをやってみたかったんだ!(笑)
 昨夜遅くアップしてから、途中改稿しています。すみません。花ちゃんがちょっとレベルアップしたかも。
 ラストの悪戯は、最初から師匠はあれしか考えていなかっただろうなーと思いますv
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