はあ、と一息ついた花の目に携帯のストラップが目に留まった。
「これ、彩とかなの二人と一緒に選んだな……」
期末テストの後、「がんばったご褒美!」と勢いで買い物をしたことを思い出した。つまむとちりりと涼しい音がする。
「学校でもいつも一緒にいて、放課後もいろいろおしゃべりして」
かなの恋愛話にもいろいろつき合わされた。ホントに幸せそうに彼のことをのろけるかなに、彩と一緒にツッコんだり呆れたり笑ったりしてすごく楽しかっ
た。
「好きなタイプも聞かれたなあ」
あの時は『基本マイペースで実は切れ者な人』と答えて、かなに「そういう実は、みたいな一面があるとどきっとするよね」と言われたっけ。
二人に孔明のことを伝えたら、なんて言うだろう。
「えーっ、そんな人なの!?」と驚くだろうか。それとも「花らしいね」と笑ってくれるのだろうか。
「何を見ているの」
ふと、声を掛けられて驚いた。いつの間にか、横に孔明が立っている。見上げる顔はいつもと変わらなく思えたが、微かに眉が顰められているように見える。
何か気になることでもあるのだろうか。
そう思ったそばから、こんな些細な変化も見逃さなくなった自分に気づいて、花は少し笑った。
「このストラップ、…ええと、お守りです」
孔明の視線が小さな鈴に注がれる。
「……あやさんと、かなさん?」
「え! ど、どうして分かるんですか?」
「そりゃあね。だって、君、言ってただろう? これは、友達とお揃いのものだって。あの隆中の山の中で呼んでたのが、君の友達だろう?」
「そ、その通りです…」
花は降参した。たったあれだけの手がかりから、そこまで導き出したのはさすが孔明だ。
何から話そうか迷って、ふと視線を孔明に戻せば、彼の目が自分を見つめていた。
「キミ、は……」
少し逡巡した後にぽつりと言いかけて止まった。らしくなく、そのまま口を閉じているが、先の孔明の表情を見た花には、最後まで言わなくても分かる気がし
た。
まだ、気になるのだろうか。
「思い出していたけど、帰りたいわけじゃないですよ」
不安に思わせないよう明るく笑いながら、花ははっきりと言った。
「でも、会いたいんでしょ?」
「それはそうですけど」
少し拗ねたような孔明の問いに、花は素直に頷いた。その返事を聞いて口の端に苦い笑みを浮かべる孔明に向かって、花が悪戯っぽく笑いかける。
「だって、なんて言おうかなって思って」
「え」
「師匠の紹介って難しいなと思ったんです。急に何処かにいなくなっちゃうと思えば突然ふらりと戻ってくるし、仕事は早いのに書簡とか身の回りのものはすご
いことになっていて、直したと思ってもすぐに元通りになってちっとも片づかないし、なのに、文官さん達にはそんなところ微塵も見せないし」
「……ちょっと、花?」
指折り数える花に孔明の口がへの字に曲がっていくが、花は気にしなかった。
二人にも伝えたい。私の師匠がどんな人かということ。
「けど、小さいときからすごく賢くて、自分にできることは何かをいつも考えてそのための努力も忘れなくて、周りにあるたくさんの中から最善は何かを見つけ
て実行する意志の強さをもっていて」
花の心に、「それで、それで?」とワクワクした顔で聞いてくれるかなと「もうちょっとゆっくり聞きなよ」と押さえてくれる彩の顔が浮かんでくる。
もっともっと。二人に聞かせたくて、花の言葉が続いていく。
「……そして、必要なときには必ず来てくれて、私に道を示してくれた」
言い慣れていなくて、口にするには勇気が要るけど。
「そんな人が、わ、私の好きな人だよ、……って」
最後の方は声が小さくなってしまった花の頭に、ゆっくり手が載せられる。
「……ありがとう」
いつもより小さな、でも深い気持ちのこもった声が花の耳に届いた。自分の気持ちを伝えることの恥ずかしさと伝えられた嬉しさ、優しい手の感触がない交ぜ
になって熱くなった頬を自覚した花は、わたわたと焦りながら、それでも真っ直ぐ孔明を見た。
「だ、だから、今度聞いてくれますか? 彩とかなのこと」
「…うん。もっと聞かせて」
曇りの晴れた顔で笑う孔明が嬉しくて、花も笑った。
彩、かな。
私の師匠は、思い立ったらふらりと何処かへ行ってしまうように基本マイペースで、身の回りのことはちっとも構わないのに賢人とも伏龍とも言われる
ほど頭の回転が速い切れ者で、どんなにがんばっても全然追いつかないほどすごい人で、私をいつも導いてくれて。
ずっと、ずっと昔から、私のことを想ってくれていました。
この人が、私の大好きな人です―――。