「えーっ、ホントに?」
「うん、僕は強いよ。ちょっとくらいくすぐられても、平気」
へー、すごいなあ。あたしなんか、ちょっと触られただけでもくすぐったくてたまらなくなって、全然我慢なんてできないんだけど。うわ、想像しただけでむ
ずむずしてきちゃいそう。
「うーん、瀬伊くんならそんな感じもするけど。でもそんなに強いの?」
首を傾げるあたしに、瀬伊くんはニヤリと笑って言った。
「なんなら、試してみる?」
「……遠慮しとく」
どういう反応するのかは、すごーく気になるけど、あたしも瀬伊くんとつき合ってきて、彼の反応はかなり分かってきている。ここでほいほい乗ったらどうな
るかなんて、いくらあたしでも想像がつくってものだ。
「あれ? 警戒してるの」
「当たり前です。瀬伊くんのことだから、くすぐろうと近寄ったら逆にくすぐられそうだもん。…あーっ。それに、今日ってエイプリルフールじゃない。絶対何
かありそう」
「えーっ、そんなことしないよ」
瀬伊くんは涼しい顔で言い切ったけど、目が笑ってる。そんな顔で言っても説得力ないもんね。
あたしが思いっきり不審そうな目を向けていたせいか、瀬伊くんが面白いことを言い出した。
「分かった。じゃあ、僕の手を縛ってもいいよ」
「へ?」
「手が使えなければ、いくら僕でも君に何かするなんてできないでしょ?」
うーん、確かに。手が使えなければ、いくら瀬伊くんでもヘンなことはできないよね。
しばらく唸りながら考えていたけど、好奇心には勝てずに、あたしは紐を探しに部屋を出ていった。
「これくらいでいいかな。…痛くない?」
「大丈夫。これなら、後でピアノ弾くときも問題ないよ」
「…逆に緩すぎない?」
思わず聞き返してしまった。手と指はピアニストの瀬伊くんの命だから、絶対に痛めたりしたくない。だから、傷つけないように、すごく慎重に両手を重ねて
縛ったけど、それで自分がやりかえされちゃったらたまらないよね。
「まだ気にしてるの? じゃあ、自分で確かめてみて」
太めに折りたたんだスカーフをきっちり結んだので、結び目は固くて簡単にはほどけそうにない。両手の隙間も強すぎないように気をつけたから、きつすぎる
こともないけど、緩くて手がすり抜けることもなさそうだ。
「うん。大丈夫。じゃあ、ホントにやっていい?」
「いつでもどうぞ」
くすくす笑いながら、瀬伊くんが言った。
「ねえ、くすぐったくない?」
「全然平気」
最初は脇から始めた。手を入れてこしょこしょってやっても、確かに瀬伊くんの表情は変わらない。
「触られてるって感じないの? その、感覚が弱いとか」
「そんなんじゃないけど。触られてるって分かってるけど、くすぐったいと思わないだけ」
むー。あたしは、ちょっと触られるだけであんなにくすぐったいって感じるんだけどな。同じ人間なのに、なんか悔しい。
あたしは、なんとか瀬伊くんにくすぐったいと言わせたくて、ムキになってきた。
「んー、じゃあ、こことか…。ここは?」
脇腹、おなか、背中と続けざまにくすぐってみた。
速くしたり強くしたり、いくら指を一生懸命に動かしても瀬伊くんは涼しい顔のまま。
……ちょ、ちょっと休憩しよう。かがんでいるのに疲れて、あたしがふうっと息をついて背中を伸ばしたとき、指がすっと瀬伊くんの二の腕をかすっ
た。
「あっ…」
小さな声だったけど、ふと表情が変わったのをあたしは逃さなかった。
「瀬伊くん。これは?」
腕の内側を下からすっと撫で上げる。とたんに、瀬伊くんの眉がすっと寄った。
やった、反応があった!
今度は服の上から脇腹をそっと撫でてみた。
「んっ……!」
声にならない声が、引き結んだ唇から漏れた。瀬伊くんの体がぴくんと反応して、あたしの指から逃げるように身をよじる。
「ちょ、ちょっとむぎ」
嬉しくなっていろいろなところに指を滑らせていたら、瀬伊くんがついに声を上げた。
「ん? なあに」
「……もう、止めない? 僕、疲れて、きちゃった」
「ふっふーん。瀬伊くんもやっぱりくすぐったいって感じるんだね」
あたしは、荒い息をついている瀬伊くんの顔を見下ろして、にっこりした。なんか瀬伊くんに勝てたようで、気分がいい。いつもと逆の立場に、ついイタズラ
心が湧いた。
「ね、もう少しやったげる」
背中に腕を回して、背筋に沿って手を動かした。ゆっくり撫で上げて、また撫で下ろす。
瀬伊くんの息が更に乱れて、あたしの耳元を掠める。
そのことが、あたしを更に大胆にさせた。今までそんなことしたこともないのに、シャツの裾から手を入れて、そっと指をひんやりと滑らかな肌に這わしてい
く。
ふんわり、そうっとまるで柔らかな羽根で触れているように。
そろりと手のひらで撫でると、瀬伊くんの体がふるりと震えて。
夢中になっていたあたしは、瀬伊くんの表情の変化に気づかなかった。
「……んっ、むぎ、もうダメ。……これ以上、は、我慢、できない、よ」
苦しそうにしている瀬伊くんを見て、あたしはさすがに意地悪しすぎたかなと反省した。普段はさんざん瀬伊くんのイタズラに翻弄されているから、チャンス
と
ばかりに悪ノリしすぎたかな。
「分かった。ごめんね、瀬伊くん。もう外したげる」
力を入れて結び目を外した後、瀬伊くんの手を確認した。よかった、どこも赤くなっていない。
瀬伊くんを見ると、まだ顔を伏せて、はあはあと荒い息をしている。
……え、ちょっと、あたしやりすぎた?
「瀬伊くん、…ねえ、大丈夫? お水持ってこようか」
心配になって、瀬伊くんの肩に手を置いて顔をのぞき込んだそのとき。
「つかまえた♪」
気づいたら、あたしは瀬伊くんにぎゅっと抱きしめられていた。
「え、瀬伊くん?」
「うん、大丈夫だよ。心配してくれてありがとう」
さっきの顔はどこへやら、にっこりと満面の笑みを浮かべている。
「あ、あーっ、騙したの!?」
「えーっ、騙したなんてひどいなあ。ちゃんと『くすぐりには強い』って言っておいたでしょ?」
「じゃ、さっきの苦しそうなのは」
「あれは半分演技。あと半分は、感じちゃったからかな」
今、さらっととんでもないことを言われた気がする。
「な、な…今、なんて」
「だーって、むぎにあんなに攻められるなんて、僕思わなかったよ。服の中まで手を入れられて、こう…」
「わーっ、わーっ! 言わないで!!」
あまりの言葉に、あたしは真っ赤になって瀬伊くんの口を両手で塞いでしまった。だってだって、あの時はそんなこと、考えてなかったもん。
瀬伊くんは、手の下で「僕、嘘は言ってないよ」と楽しげにもごもご言っている。
「ということで。ね、むぎ。続きはよろしく」
「は?」
「今日は君が攻めてね。このつ・づ・き」
「ええーっ! 無理!! あたし、そんなことできないから」
「さっきの上手だったよ? あんなふうがいいなあ」
「や、あれは、もう、絶対無理だから!」
半分引きつった顔で必死に主張すると、「じゃあ」と瀬伊くんの顔が近づいてきた。反射的に目を閉じると、瞼の上に軽くキスが落とされる。
「僕が、続きをするよ」
イジワルな指が、あたしの上をそうっと優しく滑っていく。
ふんわりと、まるで羽根のように。上に。下に。ゆっくりと全身をくまなく巡るように。
そして、あたし達は、アツクなる。