階段を上がったあたしは、部屋のドアを音を立てて開けるとそのまま入らずにまた閉めた。そして、部屋の前で息を殺して階下の様子をうかがう。
リビングから出てきた気配がした後、階段を降りていく音がして、瀬伊くんは部屋へ戻ったらしいことが分かった。しばらく待って気配がなくなったのを確認
すると。
「よし、今だ」
そうっと、足音を殺して階段を下りる。できる限りの速さで玄関へたどり着くと、靴を左手に持って裸足で玄関に降り、慎重にドアノブを回した。キイッと微
かな音がして、思わず耳を澄ませたが、なんの気配も感じない。ほっとしてドアノブを握る手に力を込めて、ゆっくり押し開けた。
すると真横から、聞き慣れた
甘い声。
「やあ、僕の可愛い彼女さん。遅かったね」
「せ、せ、瀬伊くん!?」
どうしてここにいるの!? 部屋に戻ったんじゃなかったの? 頭の中がぐるぐるしてる。
「うん?『せ』が多いね。どうしたの?」
「……瀬伊くんこそ、下へ降りていったんじゃなかったの!?」
「あれ、どうしてそんな風に思うのかな?君は自分の部屋へ行ったはずだけど」
「ぐっ」
「ああ、それから下にいた羽倉が上がってきたけど、僕のメモを見てまた降りていったよ。部屋の隅に置いといた物に気づいてなかったみたいでさ。今頃、一生
懸
命に掃除してるんじゃないかな」
ちょうどタイミング良く、後ろから「一宮―! てめえ、なんて物、置きやがる!」って声が聞こえてきた。
「何置いたのよ、瀬伊くん……」
「フフ、知りたい? でも僕達はこれからデートだから、また後でいいよね」
「え、あの、その……」
「楽しみだな〜。今日は君から腕を組んで、身体をぎゅーっとくっつけてくれるんだよね。僕、こんなデートできるの、ずっと楽しみにしてたんだ」
う、このままだと瀬伊くんのペースに巻き込まれちゃう。それは非常にヤバイ。
「瀬伊くん、あのね、これは」
「まさか、エイプリルフールの嘘だなんて言わないでしょ。調子が悪いのに、がんばって君につき合う約束をした僕を、悲しませることなんてしないよね?」
ああ、逃げ道が塞がれていく……。せめてもの抵抗を。
「でも瀬伊くん、調子が悪いなら無理しちゃいけないよね。今日はちょこっとお出かけしたら、すぐ戻ってこよう。ね?」
「ううん、大丈夫。音が響いて気持ち悪くなっても、君がいればすぐ治っちゃうから。君の温もりが僕のお薬だよ」
にっこり笑ってあたしにくれる言葉はすごく嬉しいはずなのに、妙に楽しそうな笑顔が気に掛かる。
「ほら、早く腕を組んでくっついて。あ、その前に靴を履いてね。そんなに急がなくてもよかったのに。裸足で出てくるくらい、僕とのデートが待ち遠し
かった
の?」
これ、あたしの企み気づかれてる……?
きゃーっ、きゃーっ! そんなに身体をくっつけないで!! っていうか、肩を思いっきり抱かれてるんですけど! 片手であたしの手をつかんで腰に回させ
て、と
ても体調が悪い人の力とは思えない。
「調子が悪いって、もしかして嘘……?」
「何か言った? さ、僕の行きたいところへつき合ってくれるんだよね。早く行こう?」
「ねえ、どこへ行くの?」
「まず、祥慶学園でしょ。それから駅前で学園の広報でオススメしてたお店のぞいたり、あの大人気のカフェに入ったりして。最後はまだ内緒」
「それ、いつも人目が気になるからって避けてるコースじゃん。それに内緒って何―!」
「文句は受け付けないよ? 今日は君がいいよって言ったんだからね」
よく晴れた土曜日は、恋人同士にはもってこいのデート日和。
あたし達は、あまりのバカップルぶりに、それはそれは人目を引いていた。
でも、横でひどく楽しそうに笑うこの人を見ていたら、あたしもまあいいかと思えてきて。
あたしは今日も彼に勝てなかった。