花火大会は、行ったことがなかった。調子が悪いときには、賑やかな街の音にすら耐え難くなるくらい敏感な僕の耳 には、あの打ち上げ花火の音やお祭りの人々のざわめきがひどく辛い。だから、花火大会の日は、いつも家でピアノを弾いていた。 

花火大会(瀬伊side)

 つきあっていた女の子は、たいてい花火大会に行きたがった。
「瀬伊くんと、花火を見たいの」
「たまには、いいでしょ」
 そんなふうに、誘ってくる。普段、どれほど僕のことを考えているよう な素振りを見せていても、こうしたイベントでは、自分の気持ちを優先する。そのとたん、どんなにその子を可愛く思っていても、僕の気持ちはすっと冷めた。 僕自身のことを考えてくれているわけではないと感じたから 。

 分かっていた。年に一度の機会だから、二人で行きたくなる気持ちも。
 たまの大きなイベントだからこそ、一緒にいたい気持ちも。
 でも、僕には苦痛だった。

 行きたくないわけじゃない。行けないだけだ。
 青樹は、そんな僕の気持ちを分かっていたのだろうか。
 ドビュッシーの「前奏曲」第2集「花火」。パリ祭での様々な花火の色彩が描かれた華やかな曲。以前青樹の前で弾いたとき、「花火の鮮やかさ が足りないね。情景がぼやけている」と言われた。音符をなぞることはできたが、実際に花火を見たことがない僕には、それ以上どうすることもできなかった。 彼は知っていたはずなのに。
 変えようもない自分も嫌だった。

 だから、ダイニングで、花火大会のチラシを見つけたとき、「君も、か 」と正直思った。端の方が少しよれていて、しばらくの間握りしめていたことが分かる。君の気持ちに気づかないような僕じゃないよ。
「……しょうがないな」
 かなり辛い時間になりそうだけど、がんばってみようかな。そんなことを考えた自分に驚いた。自分で言うのも何だけど、かなりものぐさで面倒くさがりの僕 なのに、彼女のためには「努力する」なんてことをしてしまうらしい。重症だ。
「あ〜、もう」
 代わりに、目一杯ワガママを聞いてもらおうと心に決めた。


「一緒に花火に行こう」と行った彼女に付いていくうちに、疑問が湧いてきた。どこへ行くんだろう。会場からはどんどん遠ざかっていく。

「着いた。ここだよ」
 一軒の家の前でにっこり笑った君は、ためらいなくドアの鍵を開ける。
「あたしの住んでいた家。今は誰もいないけどね」

 思わず言葉を失った。
 あの事件で両親を亡くした君。行方不明の姉を捜し、たった一人で祥慶学園に乗り込んできた。どうしようもなかった僕らの関係 まで、見事に立て直して見せた。その裏に、どれほどの哀しみを隠してきたのだろう。僕らはあの頃、何も気づかなかったけど。
 この家は、そんな彼女にとって、辛い想い出を呼び起こす場所のはず。
 なのに、ここで花火を見ようと笑いかけてくる。僕のことを思いやって ここへ連れてきてくれたことに、ようやく気づいた。

 自分の弱さが嫌になって沈み込んだ僕に、君は教えてくれた。昔の大切な想い出。大切なものをなくさないために、僕とここに来たかったと。

 気づいたら、君を抱きしめていた。腕の中に入れ、ぎゅっと力を込める 。目頭が熱い。今は顔を見られたくなかった。
 これほどの思いを僕は知らない。今まで、家族に愛されなかったという想いがどうしても消えなかった。でも、それさえも、君の前にはあっけなく溶けてしま う。
 君を守りたい。温めたい。優しい音に包みたい。僕にできること全てを 君に。
 溢れる想いを込めて、僕は君に口づけをした。


 

 少し気持ちが落ち着くと、こんなに僕を虜にしているのに、当の君は窓の外を気にしてることが分かって、むっとした。ちらっと空を見てたこと 、気づいているんだよ?

 もう、僕は君から離れられない。僕は君を離さない。そのために、まずは君を僕に溺れさせよう。
「腕によりを掛けて、楽しませなくっちゃ♪」
 君が、自分から僕に堕ちてくるように。どんな手を使っても。

 僕も君に触れたいんだ。
 初めての花火を君の傍で見ている、この大切な時間に。

 

「あ、今なら……」
「瀬伊くん、どうしたの?」
 あの曲が弾けそうだ。ドビュッシーの「花火」。帰ったら、弾いてみよう。君の前で。思いっきり甘いものになりそうだ。青樹が聴いたら、あの顔でなんと言 うだろうか。ちょっと見てみたい気もするけど、今はもっと大切なものが腕の中にある。

 僕の想いをたっぷり乗せて、君を演奏しなくちゃね。極上の音を紡ぎ出そう。
 最初の音は、唇へのキス――。




あとがき
 hibikoreさ ん に献上した「花火大会」の瀬伊から見たお話です。
 青樹はゲーム でもあまり出てこないので、こんなやりとりがあっ たんじゃないかなと想像してみました。瀬伊とのやりとりは妄想が膨らみます。2ではもう少しその辺が見えてくるといいなあ。

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