分かっていた。年に一度の機会だから、二人で行きたくなる気持ちも。
たまの大きなイベントだからこそ、一緒にいたい気持ちも。
でも、僕には苦痛だった。
行きたくないわけじゃない。行けないだけだ。
青樹は、そんな僕の気持ちを分かっていたのだろうか。
ドビュッシーの「前奏曲」第2集「花火」。パリ祭での様々な花火の色彩が描かれた華やかな曲。以前青樹の前で弾いたとき、「花火の鮮やかさ
が足りないね。情景がぼやけている」と言われた。音符をなぞることはできたが、実際に花火を見たことがない僕には、それ以上どうすることもできなかった。
彼は知っていたはずなのに。
変えようもない自分も嫌だった。
だから、ダイニングで、花火大会のチラシを見つけたとき、「君も、か
」と正直思った。端の方が少しよれていて、しばらくの間握りしめていたことが分かる。君の気持ちに気づかないような僕じゃないよ。
「……しょうがないな」
かなり辛い時間になりそうだけど、がんばってみようかな。そんなことを考えた自分に驚いた。自分で言うのも何だけど、かなりものぐさで面倒くさがりの僕
なのに、彼女のためには「努力する」なんてことをしてしまうらしい。重症だ。
「あ〜、もう」
代わりに、目一杯ワガママを聞いてもらおうと心に決めた。
「一緒に花火に行こう」と行った彼女に付いていくうちに、疑問が湧いてきた。どこへ行くんだろう。会場からはどんどん遠ざかっていく。
「着いた。ここだよ」
一軒の家の前でにっこり笑った君は、ためらいなくドアの鍵を開ける。
「あたしの住んでいた家。今は誰もいないけどね」
思わず言葉を失った。
あの事件で両親を亡くした君。行方不明の姉を捜し、たった一人で祥慶学園に乗り込んできた。どうしようもなかった僕らの関係
まで、見事に立て直して見せた。その裏に、どれほどの哀しみを隠してきたのだろう。僕らはあの頃、何も気づかなかったけど。
この家は、そんな彼女にとって、辛い想い出を呼び起こす場所のはず。
なのに、ここで花火を見ようと笑いかけてくる。僕のことを思いやって
ここへ連れてきてくれたことに、ようやく気づいた。
自分の弱さが嫌になって沈み込んだ僕に、君は教えてくれた。昔の大切な想い出。大切なものをなくさないために、僕とここに来たかったと。
気づいたら、君を抱きしめていた。腕の中に入れ、ぎゅっと力を込める
。目頭が熱い。今は顔を見られたくなかった。
これほどの思いを僕は知らない。今まで、家族に愛されなかったという想いがどうしても消えなかった。でも、それさえも、君の前にはあっけなく溶けてしま
う。
君を守りたい。温めたい。優しい音に包みたい。僕にできること全てを
君に。
溢れる想いを込めて、僕は君に口づけをした。
少し気持ちが落ち着くと、こんなに僕を虜にしているのに、当の君は窓の外を気にしてることが分かって、むっとした。ちらっと空を見てたこと
、気づいているんだよ?
もう、僕は君から離れられない。僕は君を離さない。そのために、まずは君を僕に溺れさせよう。
「腕によりを掛けて、楽しませなくっちゃ♪」
君が、自分から僕に堕ちてくるように。どんな手を使っても。
僕も君に触れたいんだ。
初めての花火を君の傍で見ている、この大切な時間に。
「あ、今なら……」
「瀬伊くん、どうしたの?」
あの曲が弾けそうだ。ドビュッシーの「花火」。帰ったら、弾いてみよう。君の前で。思いっきり甘いものになりそうだ。青樹が聴いたら、あの顔でなんと言
うだろうか。ちょっと見てみたい気もするけど、今はもっと大切なものが腕の中にある。
僕の想いをたっぷり乗せて、君を演奏しなくちゃね。極上の音を紡ぎ出そう。
最初の音は、唇へのキス――。
あとがき
hibikoreさ
ん
に献上した「花火大会」の瀬伊から見たお話です。
青樹はゲーム
でもあまり出てこないので、こんなやりとりがあっ
たんじゃないかなと想像してみました。瀬伊とのやりとりは妄想が膨らみます。2ではもう少しその辺が見えてくるといいなあ。