「これだけ?」
「そ、毛糸と編み棒。必要なのはこれだけだよ」
むぎの手にあるのは、二本の竹の棒。そこに、ひょいひょいと器用に毛糸が引っかけられていく。
「こうやって目を作って、ここに毛糸を通しながら引っかけていくんだよ」
むぎの指が踊るように動く。瀬伊が見とれていると、あっという間に10p近く編み上がっていた。
「へーえ。これって、セーターのこの部分だよね」
「そうそう、こうやって下から編んでいくの。模様を入れながらね」
自分の着ているセーターと見比べると、本当に同じものができるのが分かる。動くむぎの指と編み棒を見ているのも楽しいようで、瀬伊は目を輝かせて見入っ
て
いた。
ここまではよかったのだが。
「…瀬伊くん、何してるの?」
「ん? ちょっと毛糸を置き直そうかと思ったんだけど…」
瀬伊の指先を見ると、もつれた毛糸が絡まり合い、見事な団子になっていた。
「あーっ、またなの!?」
「うん、ごめんね?」
瀬・伊・くーん! むぎは心の中で叫んだ。
にこにこ笑う瀬伊に、悪びれた表情は微塵もない。
器用に動くむぎの指先を物珍しそうに見ていたのは最初だけで、すぐに飽きてしまった瀬伊は、毛糸の玉を触ったり糸を引っぱってみたりといろいろ手を出し
て
くる。その度に毛糸が絡んで玉になったり、騒いで編みかけの模様の目数を忘れたりするので、ちっとも先に進まない。
「どうしてこんなに見事に絡ませちゃうかな…?」
「ごめんね、むぎ? 編みやすくしようと毛糸の束を入れ替えただけなんだけど」
笑顔で謝る瀬伊に悪気はないのだろうけど(悪戯心はあるかもしれない)、思わず手に力が入る。
「ううっ、平常心、平常心…」
余計に毛糸をこんがらからせないようにと、むぎは深呼吸して心を落ち着かせた。
「あとはここを緩めて、と…。う〜、瀬伊くんのセーターは、もっと早くできたのに…」
固くなった結び目を少しでもほぐそうと、躍起になりながらぼやくむぎの頭に、瀬伊が手を触れた。
「僕も手伝おうか?」
「いーえ、結構です!」
即答してから、ふと顔を上げる。
「瀬伊くん、どうして毛糸を触るの?」
「うん? なんか目の前にあると触りたくなるんだよね。目の前で動いてるし」
「それじゃ猫だよ…」
むぎはがっくりした。ホントに気まぐれな猫を飼っている気分だ。言葉が分かる分、更にややこしい気がするが。
「ふう、解けた」
やっと一本に戻った毛糸を編み棒に引っかけて、むぎはまたひょいひょいとセーターを編み進めていく。瀬伊がしみじみ言った。
「君の手、魔法みたい」
「瀬伊くんこそ」
むぎは顔を上げた。
「瀬伊くんこそ、魔法の指、持ってるじゃない」
「僕?」
「そうだよ。あたし、あんな風にピアノを鳴らせる人知らないもん。それに」
言葉を切ったむぎが、ふわりと笑った。
「あたしに、いつも音楽作ってくれてるよ?」
瀬伊は自分の手を見つめた後、ゆっくりと言った。
「じゃあ、僕たち二人とも魔法使いってことだね」
「あはは、そういうこと」
いつだって、君のために何か作りたくて。
あたし達には、魔法の指がある。