「ああ、また来てる」
僕はむかむかする気持ちを飲み込んだ。
祥慶学園で美術教師をしている君は、その持ち前の明るさと先生らしからぬ言動、そして若さであっという間に人気者になっていた。
もちろん君は本当は女子
高生で僕らと変わらないんだから当たり前なんだけど、みんなの目は違う。特に男達の中では「先生なのに可愛くて親しみやすい」と密かに人気が高まってい
る。
授業のすぐ後はもちろん、放課後も美術準備室を訪れる生徒は後を絶たない。僕も授業が終わってすぐにここへ来たのに、もう先客がいる。むっとしそうな
顔を意志の力で押さえつけて、僕は扉を叩いた。
「こんにちは、鈴原先生」
「あ、瀬……と、一宮くん。どうしたの」
むぎの顔が、ふわっと花開いたようにな笑顔になる。無意識なのだろうけど、それを見て少し僕の気持ちが納まった。
「先生に聞きたいことがあって。今いいですか?」
「え。うん、いいよ。……じゃあ、田中くん。これはもういいかな」
振り返って、そこにいた男子生徒に話しかける。
「あ、はい。ありがとうございました、先生。また来ますね」
「うん、いつでも聞きにきてね」
見送るむぎを見ていると、さっきのむかむかがまたこみ上げてきた。
「それで瀬伊くん、どうしたの」
何も気にしていなさそうな無邪気な笑顔で問いかけられる。
「……むぎ。もう少し気にした方がいいよ。ああいうの」
「へ、何が?」
「下心。何考えてここに来てるか分かんないでしょ」
「えーっ、あたし相手にそんなことあるわけないよ。さっきの田中くんだって、あたしの授業で分からなかったとこ、聞きに来ただけだし」
心配しなくていいよなんて笑っている君を見ていると、僕の中に黒い感情がこみ上げてきた。
「そう? 君に彼の気持ちが分かるとは思えないけどね」
「そりゃ、そうかもしれないけど。瀬伊くんにだって分からないでしょ」
「ふーん? 僕だからこそ、分かるんだと思うけどね」
男が君をどうしたいと思っているのか。どんなことを考えているのか。それを一番知っているのは僕なんだよ。
「例えばね……」
言いながら、むぎの手をつかんだ。逃げる間も与えずに背中を抱き寄せ、唇を奪う。
「んっ……! 瀬、伊く」
「黙って。……ね?」
僕の胸を叩く彼女に優しく囁きかけて、再度唇を深く味わう。そのまま頬や瞼に唇を滑らせてから、むぎを放した。
今までにない激しいキスに、しばらく呆然としていたむぎだが、
「もう! こんなとこでなんてことするの!」
顔を真っ赤にして怒りだした。僕としてはまだ足りないんだけどね。
「男の気持ちの実演。よく分かった?」
「分かるわけないでしょ!!」
「へえ、まだ分からない? ……あれじゃ、足りなかったのかな」
ニッコリ微笑みながら言うと、身の危険を察したらしく、今度はむぎの顔が青ざめて、しどろもどろになってきた。
「あ、いや。えーと、……よく分かりました」
「はい、おりこうさん。じゃあ、もうあんなことしない?」
「う……。でもあたし、先生なんだけど。生徒の質問には答えなくちゃ……」
だんだん語尾が小さくなっていく。
「そう。じゃあ、もう少しよく分かるように、実演を続け」
「いえ、よく分かりました。もうしません!」
慌ててこっちの言葉を遮るように叫ぶむぎが可笑しい。
「うん。やっぱり、むぎって可愛いね」
「……う〜。瀬伊くん、またからかってる」
一番コワイのは瀬伊くんだよね……なんて呟く声が聞こえてきた。それはヒドイよね。あんなに我慢している僕の立場がないじゃない。
「むぎ。こういうこと嫌?」
むぎを見つめながら、少し哀しげな顔で僕が聞くと、顔がまた真っ赤に染まった。
「そ、そういう意味じゃないよ」
「で、嫌?」
「あ、う……嫌じゃないよ。瀬伊くんとだし」
言いにくそうにうつむきながら、ぼそぼそと答える。最後の言葉で合格。じゃあ大丈夫だね。
「ちゃんと言ったでしょ。僕はまだ触れないって。だから怖がらないで?」
言いながら、もう一度目元にキスをした。
知ってるよ。僕がキスすると、ぴくんと反応するくせに身体がこわばっちゃうこと。そのまま進めても気持ちよくさ
せ
ることはできるだろうけど、やっぱり君の気持ちを大事にしたいから。
今までの僕だったら、こんな回りくどいことはしなかった。僕とすることを嫌がる子自体少なかったし、嫌がってもそのまま僕のペースに持ち込んでヤッちゃ
うか、面倒になって放っておくか。そのどっちかだ。
でも君にはそんなことはできない。柔らかな果実が美味しく熟す時を待ちたいんだ。欲しくて欲しくてじり
じりしちゃうけど、こんなのも悪くないね。
「じゃあ、僕は行くよ。がんばってね、センセ♪」
またぎゅっと抱きしめた身体をふいに離されて、君の顔に瞬間よぎった寂しそうな表情は見逃さない。無意識に僕を欲しがってくれてるって思ってもいいか
な。熟すのはもうすぐかも。
もうそんなに長くは待てないから。そのときは覚悟してね、むぎ。
あとがき
マスカット! もちろんMVPです。「もったいないから、まだ触れない」あの名台詞が大好きで、そう言ってるくせに食べたくて仕方ないんだよね! と
ツッ
コミ入れたくなります。たまにはもっと黒い瀬伊を書こうかとも思うのですが、つい小悪魔に。しかも微エロ…。(経験値も高いよ)