その音に瀬伊は首を縮めた。このところ、強い寒気が流れ込んだとのこと
で、急に冷え込んでいる。明日の朝は雪も降るらしい。
そこへ、コンコンと軽いノックが聞こえた。続いて明るい声が瀬伊を呼ぶ。
「瀬伊くん、今いいかな?」
「もちろんいいよ。どうぞ」
扉を開くと、手にリボンの付いた大きな紙包みを持ったむぎが現れた。満面の笑顔で
「瀬伊くん、ハッピー バレンタイン!」
とその包みを差し出した。
「ありがとう、むぎ。嬉しいよ」
「えへへ、こっちこそ」
お決まりの挨拶も、受け取る方と差し出す方の二つの笑顔と声で、きらきら輝く言葉になる。瀬伊が手に持った包みに目を落として、首を傾げた。
「大きなチョコレートだね。僕食べきれるかな?」
その言葉にむぎが慌てた。
「え? チョコって、あの」
「軽いんだけど、かさがあるなあ。口を大きく開けてと」
「ちょ、ちょっと瀬伊くん」
「うーん、一度には無理かな?」
「ごめん、あのね、その、中身は違ってて」
焦るむぎの言葉に、瀬伊はやっと満足して笑った。
「分かってる。ちょっと言ってみただけ」
「…もう、早く言ってよ〜」
からかわれたことに気づいたむぎが、口をとがらせた。瀬伊はくすくす笑っている。
「ごめんね。中身は何? 開けてみていい?」
「うん、どうぞ」
リボンを解き、包みを開いた。中から出てきたのは、ふんわりしたセーターだった。太めのアイボリーの毛糸で編まれたそれは、フロントに凝ったアラ
ン
模様が
編み込まれており、一目で手編みと分かる。
「…すごいね、これ。むぎが編んでくれたの?」
瀬伊は、セーターを指でなぞりながら聞いた。手触りが肌に優しい。
「そうだよ。このところ急に寒くなったでしょ? せっかくのバレンタインだから、チョコだけじゃなくて、暖かくなるものもプレゼントしたくて」
「へえ。こういうものって、本当に自分で作ることができるものなんだね」
「あたしは、あんまり上手くないんだけどね。お姉ちゃんがすっごく編み物が上手いの。いつも教えてもらってたんだ」
「お姉さんから教わった…」
このところ、むぎは瀬伊の誘いを断ることが多かった。隠し事のできない彼女だから、今日のバレンタインデーに向けて何か準備しているのだろうなと
予測は付
いていたが、編み物をしているとはなぜか想像していなかった。
今までにも女の子達からたくさんのプレゼントをもらってきた瀬伊だが、手作りのものは不思議なほど少なかった。祥慶学園を取り巻く世界は、高価なも
の
や洗練されたものに重きを置いているのもあるのだろう。でも、むぎの作ってくれたセーターを見ていると、そんな考えがどれほどくだらないものがよく分か
る。こんな
素敵なものを作り出せること自体が奇跡のようなものなのに。
「瀬伊くん?」
黙ってセーターを見つめている瀬伊にとまどって、むぎが声を掛けた。その声に顔を上げる。上目遣いに見つめているむぎに笑いかけた瀬伊は、ジップアップ
の
ジャケットを脱ぎ、セーターを頭からかぶった。ほわりと優しいぬくもりが身体を包み込む。それはまるでむぎそのもので、瀬伊は顔をほころばせた。
「ねえ、むぎ」
「うん、なあに?」
「君の分は?」
「え?」
「これは、僕の分でしょ? 君のはないの?」
瀬伊の言葉に、むぎは困惑した。これはバレンタインのプレゼントだ。当然自分の分など作っていない。
「だって、バレンタインだもん。瀬伊くんの分だけだよ?」
「これ、せっかくむぎが作ってくれたんだよね? それなら、君の分も作ってお揃いにしようよ」
「ええっ! お揃いって、ペアルック? 瀬伊くん、恥ずかしくないの?」
むぎはびっくりした。ペアルックとか、男の子は恥ずかしがるものだと聞いていたのだけど。瀬伊はきっぱり首を振った。
「ううん、全然。むしろ嬉しいよ。並んで歩いたら、僕は君のものだと堂々とアピールできるし、他の女の子も寄ってこない。一石二鳥じゃない」
「君のものとかアピールって…」
むぎの顔が赤くなる。それを見て、更に瀬伊が笑った。
「照れなくてもいいじゃない。フフッ、可愛いの。ね、僕、このセーターすっごく気に入ったし、お揃いならすごく素敵だよ? だから、作って?」
「…うん、分かった」
頬を染めたむぎがぎこちなく頷いた。『瀬伊とお揃い』が気に入ったらしい。「へへっ」と声を出して、口元を緩めたその顔もたまらなく
可愛くて。
「ね、むぎ。今度は僕の前で編んでくれない? どんな風にセーターができるのか、僕、見てみたい」
「いいよ。じゃ、明日から、瀬伊くんの部屋へ道具を持ってお邪魔するね」
「じゃあ、今夜はここへ」
瀬伊が手をのばして引き寄せると、むぎの身体がすっぽりその中に収まった。
「あったかい?」
「……あったかいよ」
「君からもらった温もりのおすそ分け」
窓はカタカタと小さく音を立て、白く曇ったガラスが外の寒さを伝える。
けれど、ぴったりと寄り添う二人に、もう風の音は聞こえなかった。