雪うさぎ

 朝起きたら、一面銀世界だった。

「うわあ、雪だ。一哉くん、積もってるよ」
 むぎが窓から外を眺めて歓声を上げた。新聞を読んでいた一哉が目を上げて、面白そうにむぎを見る。
「そんなことは見れば分かる。そのぐらいのことで、よく喜べるな」
「いいでしょ。だって、滅多にこんなに積もらないんだもん」
 むぎは窓から目を離さないまま、大して気にした様子もなく言った。なにやら一人で考え込んでいる。
「何作ろうかな。……やっぱりうさぎからかな」
 聞こえた呟きに、一哉は顔を上げた。
「なんだそれは。朝っぱらから、なぜうさぎなんだ」
「一哉くん、雪うさぎ知らないの?」
 訝しむ一哉に、むぎは驚いて言った。
「ユキウサギ? そういった種類のウサギがいることは知っているが」
「そうじゃなくて、雪うさぎ。雪で作るんだけど、見たことない?」
「いや、ないが」
 目を見開いたむぎは、
「ちょっと待っててね」
と言うと、玄関を開けて外へ飛び出していった。

「あ、おい! ……あの馬鹿。上着も着ないで出ていってどうするんだ」
 一哉が上着を持って慌てて玄関へ追いかけていくと
「一哉くん、ほらこれ」
 頬を上気させて、手に白い雪のかたまりを載せたむぎが入ってきた。
「雪うさぎだよ。あたしも小さいときにお姉ちゃんに作ってもらったの」
 よく見ると丸いかたまりの上に緑色の木の葉が二本刺してあり、ウサギの耳に見えなくもない。
「ちょっと急いでいたから、目がないんだけど。ここに目を付けるんだよ」
「ふうん。これがうさぎか。子どもの粘土でももう少しましな物を作るんじゃないのか?」
 一生懸命説明するむぎに、一哉が言うと、
「だから、目を付ければ随分違うんだって。ちゃんと南天の赤い実を探して付けるの。どこにあるか分かんなかったから」
 むきになって、むぎが言う。
「ああ、分かった分かった。いいから、上着を着ろ。風邪を引いたらどうするんだ」
「一哉くん、信じてないでしょ。もっと上手く作ってくるから、ちょっと待ってて」
 今にも飛び出しそうなむぎの頭を、一哉の手が軽く叩く。
「時間が空いたら見てやるよ。今日はこれから仕事だ。夜は遅くなるから夕飯はいらないからな」
「え、そうなの。……じゃあ、すぐに朝ご飯用意するね」
 一哉の言葉に、むぎも家政婦モードに切り替える。雪うさぎもどきを玄関の外に置いてくると、ぱたぱたとキッチンへ入っていった。

 その後慌ただしく仕事に向かった一哉が家に戻る頃は、少し雪が強くなっていた。
 暗い夜道でヘッドライトに照らされた雪が白く光る。前の車のテールランプ が 赤く光る以外余り変化のない風景にも心を動かされず、一哉は次の仕事に向けて頭を巡らせながら車に揺られていた。
 家に着き、門をくぐる。少し歩くと玄関脇に妙なものが見えた。雪に埋もれかけているが、少し大きめの箱のようだ。何かの台に乗せられているその箱 の 上には、赤いリボンが輪になって付いている。中にある物が雪に埋もれないようにしているらしい。
 とりあえずその輪を持ち、箱を上に持ち上げた。
「……ああ、これが」
 現れた物を見て、思わず笑みがこぼれた。
 中から現れたのは、お盆に載せられた二羽の雪うさぎ。
 一羽は真っ白な雪に緑の細長い葉を刺してあり、目にはどこで見つけてきたのか南天の赤い実がちょこ んと付いている。もう一羽はもう少し小さめの体に、赤く色づいた葉を耳にして、やはり南天の実を目にしている。単純な形だけど、どこから見てもかわいらし い二羽のうさぎに見える。

「家には、この実が付いた木はなかったな。……どこで見つけてきたんだか」
 口元がほころぶ。今日は昼からまた雪が降り始めていた。一哉が見たことがないと言ったため、何とか見せたいとあちこち探し回ったのだろう。うろうろ探 し回るむぎの姿が思い浮かんで、胸の奥がじんわりと温かくなる。
「……全く。仕方のないヤツだ」
 ネクタイを緩めながら、玄関を開けた。

「お帰りなさい、一哉くん」
 むぎが笑顔で出迎える。一哉の上着を受け取りながら、嬉しそうに言った。
「ねえ、玄関に置いておいたの、見てくれた?」
「ああ。わざわざ作ったのか」
「そうだよ。せっかくだから、見てもらいたかったしね。どう? 目もしっかり南天の実を付けたし、今度こそちゃんとうさぎに見えるでしょ」
 得意げなむぎの顔に、子どもみたいなヤツだとおかしくなる。
「あの南天の実、家にはなかったよな。探してきたのか?」
「うん。庭をぐるっと回ったけどなかったから、どっかにないかなって。公園にあるかと思ったのになくって、川の向こうまで行ってきたんだよ」
「あんなところまで行ったのか。雪が結構降っていただろう」
 かなり離れたところまで行っていたことを知り、一哉の声が険しくなる。
「だって、一哉くんに見せたかったんだもん」
 悪びれずにむぎが言う。
「お姉ちゃんに作ってもらったときにね。『これはなかよしでいられるためのおまじないなんだよ』って聞いたの。だから絶対に一哉くんに見せなきゃと思っ 。」

「ふうん、そうか」
 嬉々として話すむぎを見て、一哉はふとむぎの頬に手を伸ばした。
「そこまでしてもらったんだから、もっとなかよくしなくちゃな」
 にやりと笑って顔の輪郭に沿って手を滑らせると、真っ赤になったむぎが声を上げる。
「そ、そういう意味じゃないよ!」
「『おまじない』なんだろ。ちゃんと効いてるぜ」
 こんな些細なこと一つで俺の心を温める彼女は、一瞬だって手放せない。
 もっともっと近くにと願うばかりの自分に、一哉は思わず笑った。

 家の外には、仲良く寄り添う二羽の雪うさぎ。




あとがき
 初めての一哉×むぎです。一哉はまだなじんでいないので、何度も書き直してしまいました。彼らしさが出てるといいなあ。
 雪うさぎ、この間作ってみました。耳はどんな葉っぱにしようかとかいろいろ考えてると、結構真剣になります。色づいた葉っぱで作ると可愛かったですよ。 (そ してネタにする)
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