つきあっていた女の子は、たいてい花火大会に行きたがった。
「瀬伊くんと、花火を見たいの」
「たまには、いいでしょ」
普段どれほど僕のことを考えているような素振りを見せていても、こうしたイベントでは、自分の気持ちを優先する。そのとたん、どんなにその子を可愛く
思っていても、僕の気持ちはすっと冷めた。僕自身のことを考えてくれているわけではないと感じたから。
分かっていた。年に一度の機会だから、二人で行きたくなる気持ちも。たまの大きなイベントだからこそ、一緒にいたい気持ちも。
でも、僕には苦痛だった。
だから、ダイニングで花火大会のチラシを見つけたとき「君も、か」と正直思った。端の方が少しよれていて、しばらくの間握りしめていたことが分か
る。君の気持ちに気づかないような僕じゃないよ。
「……しょうがないな」
かなり辛い時間になりそうだけど、がんばってみようかな。そんなことを考えた自分に驚いた。自分で言うのも何だけど、かなりものぐさで面倒くさがりの僕
なのに、彼女のためには「努力する」なんてことをしてしまうらしい。重症だ。
「あ〜、もう」
代わりに、目一杯ワガママを聞いてもらおうと心に決めた。
「一緒に花火に行こう」と行った彼女に付いていくうちに、疑問が湧いてきた。どこへ行くんだろう。会場からはどんどん遠ざかっていく。
「着いた。ここだよ」
一軒の家の前でにっこり笑った君は、ためらいなくドアの鍵を開ける。
「あたしの住んでいた家。今は誰もいないけどね」
思わず言葉を失った。
あの事件で両親を亡くした君。行方不明の姉を捜し、たった一人で祥慶学園に乗り込んできた。どうしようもなかった僕らの関係
まで、見事に立て直してみせた。その裏に、どれほどの哀しみを隠してきたのだろう。僕らはあの頃、何も気づかなかったけど。
この家は、そんな彼女にとって辛い想い出を呼び起こす場所のはず。
なのに、ここで花火を見ようと笑いかけてくる。僕のことを思いやってここへ連れてきてくれたことに、ようやく気づいた。
自分の弱さが嫌になって沈み込んだ僕に、君は教えてくれた。昔の大切な想い出。大切なものをなくさないために、僕とここに来たかったと。
気づいたら、君を抱きしめていた。腕の中に入れて、ぎゅっと力を込める。目頭が熱い。今は顔を見られたくなかった。
これほどの思いを僕は知らない。今まで、家族に愛されなかったという想いがどうしても消えなかった。それさえも、君の前ではあっけなく溶けてしまう。
君を守りたい。温めたい。優しい音に包みたい。僕にできること全てを君に。
溢れる想いを込めて、僕は君に口づけをした。
少し気持ちが落ち着くと、こんなに僕を虜にしているのに、当の君は窓の外を気にしてることが分かって、むっとした。ちらっと空を見てたこと、気づ
いているんだよ?
もう僕は君から離れられない。僕は君を離さない。そのために、まずは君を僕に溺れさせることから始めようか。
「腕によりを掛けて、楽しませなくっちゃ♪」
君が僕から逃げられないように。どんな手を使っても。
僕も君に触れたいんだ。初めての花火を君の傍で見る、この大切な時間に。
花火が上がった。
夜空に少し小さく、色とりどりの花が咲く。
「……あ、今なら」
「瀬伊くん?」
ドビュッシーの「前奏曲」第2集「花火」。パリ祭での様々な花火の色彩を鮮やかに描いた華やかな曲。前はどうしてもイメージがつかめなかったけど、今な
ら弾けそうだ。帰ったら弾いてみよう。君の前で。思いっきり、甘いものになりそうだけど。
まずは、じっくり君を味わった後でね。